こう考えれば、宗教・信仰も役立つと思うのですが・・・

宗教・信仰と聞くと、日本人の多くはちょっと・・・と引き気味になります。人と話す時、宗教と政治信条の話はするなと言われる国ですから、最もな反応でしょう。

でも、信仰とは「自分の未来に希望を持つ力をつける」ための精神的営みだとしたらどうでしょう? 宗教・信仰を介して、自分の未来を悲観せず、希望を見出す力を得るために利用できるのだとしたら???

 

私たちは生きていると、自分の思い通りになることは殆どないと知っています。この思い通りにならない世の中を、それでも悲観せず、希望を持って生きるのは相当な難事です。この世の中では、絶望や無気力、自分を嫌になったり、何かに恐怖を抱いたりと言った負の感情が湧いてくる方が圧倒的に多いと思うのです。自分の思い通りにしたいと願っているのに、そう出来ないことがほとんどなのですから…。貴方は違いますか?

このような「ままならない人生」をそれでも希望を持って生きたいと誕生したのが宗教です。神や仏という宗教的な存在は、私たちを救ってくれる絶対的な力を有していたり、私たち人間の理想の姿(あり方)を示すものです。

私たちは、この人ならば私を救ってくれるのだ。このままならない人生をどうにかしてくれるのだと信じていくことになります。またはこの人のようになれれば、この人生もまんざらではなくなるだろうと信じていくのです。

きっと神も仏も、普段は見えない(はっきり言って、いるかいないか証明できない)からこそ、いいのでしょうね。普段からこのような存在が私達の周りをウロウロしていたら…、きっと彼らより劣っている私たち人間は奴隷となって彼らに使われる以外の生き方はなくなるでしょうから。神も仏も見えないからいいのです。貴方が自分の心の中で対話する存在だからこそ、存在価値があるのです。神や仏が自分を助けてくれないとバカにしてはいけないのです。

神も仏も、普段は見えません。貴方が心底求めたときだけ、あなたの元にやってくるのです。そして対話してくれるのです。この対話により、あなたは何かを見つけることでしょう。こうして負の感情が払拭され、希望を持つことができるのです。

現実は依然として、ままならないものですが、それでも宗教を信仰する(神・仏の導きを信じる)ことで、自分の未来を明るくできるのです。良し!頑張ろうという気持ちが湧いてくるのです。

 

宗教信仰は個人的なものです。神や仏も貴方だけのために存在するのです。このように信仰を持つことで、きっとあなたの日常をほんの少しだけ良いものにすることができるのではないでしょうか?

 

妙心教会は南無妙法蓮華経と唱える信仰を通して、皆様のままならない人生を応援していきます。もし興味があったら、一度ご参拝下さい。一緒にお話したり、お題目修行をしてまいりましょう。

最後までお読み下さり、本当にありがとうございます。

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