お寺をマネージメント???

どこで調べたのか?当教会には「宗教法人を活性化します!お檀家さんを紹介します!!」という営業電話が頻繁にきます。あと「葬儀の斡旋、協力寺院の募集」というのも来ます。

いつの頃か、お寺も初詣の頃にはCMを流すようになり、ホームページなどのメディアをフル活用するところも多々あります。こういうご時世ですから、商機と見て、こういう分野に進出する会社も増えているのでしょう。

これに関して、良いとか悪いとかの意見を私は持っていません。事実、妙心教会でもホームページを持ち、ブログなども書いていますから。

ただ思い出すのは、修行時代、お側仕えをさせていただいた貫首猊下のお言葉。それは「お寺はみんなのもの。来るものを拒んでは駄目だ。ただしお寺の方から宣伝などを使って人を呼び込もうとする必要はない。お寺はただそこにあり、人々が来るに任せるのがいい」といったお言葉。このお言葉をお聞きしたのは、お寺が宣伝を打つようになった最初の頃でしたから、今とは時代は違うでしょうが…、貫首猊下は寺院が宣伝することにはあまり乗り気でなかったのではと、私は受け取っています。

 

このようなお言葉を聞いていたからでしょうか?私は寺院運営ウンタラという営業電話には耳をかさないようです(これからもかさないと思います。妙心教会に営業をお考えの方、この手の電話はご遠慮頂ければ幸いです)。

 

お寺はひっそりとここにある。これが良いのだと思います。そして日常生活で悩み、苦しみ、困った人が気軽に安心して相談にやってこれる場所でありたいと思います。そしてやってきた方のお話をじっくり聞き、法華経・お題目の教えを伝え、一緒に修行をして、心に拠り所を得て頂ければと思っています。心に拠り所を持つ、自分だけの拠り所を持つ! そのきっかけを提供できる場所になれればと思っています。

信仰というのは、ご飯を食べること、寝ること、トイレに行くことと同じで、その人が自らしなければいけないものだと当教会は考えます。人に祈ってもらって願いが叶うということはほとんどありません。自分がこうなりたいと祈り、こうなるんだと行動するところに願いが叶うのだと考えます。だから自分で信仰して、修行をし、心の拠り所を得て、この拠り所を絶対に信じることで日常生活を少しずつ少しずつ変えていく。こういうプロセスを経て、じょじょに悩み・苦しみ・困ったことが解決したり、またはいろいろな願いがかなっていくのだと思います。

お寺で提供できるのは、宗教の教えを伝え、一緒に修行をすることころまでです。あとは来てくれた方がどう受容していくか、つまりお寺に来て経験したことを心の拠り所にしようと思ったか思わないかで、お寺との付き合いが続いていくかそうでないかが決まってくるのでしょう。妙心教会は、基本的にこういうスタンスでこれからも活動していくつもりです。

小さなお寺です。ただひっそり地元・竹ノ塚で活動している教会です。御用の方は、ご気軽にご相談下さいませ。ご縁がありますように(これはちょっと宣伝ぽいでしょうか???)

とにかく法華経・お題目の教えにご縁がありますように。

最後までお読み下さり、本当にありがとうございました。

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