出てくる…、出てくる・・・

仏教各派には、独自の宗旨、本尊があり、修行法があるものです。

当教会が信奉する日蓮大聖人の教えでは、南無妙法蓮華経と声に出して唱えることが唯一の修行法です。ここでいう「声に出して」というのは、単に口からの音声という意味ではなく、「行動・生き方として」お題目の教えを拠り所とすると言った拡張した意味となります。

とはいっても、まずは声に出してお題目を唱えることが最初の一歩です。初めての方は、これが中々出来ません。恥ずかしいのです。だから唱えているのか唱えていないのか?わからないほどの小さな声で唱えることになります。

ましてや何か困ったことがあり、相談に来られた人は尚更。なんでこんなことさせられるのだという気持ちがどうしても出てきますので、言われたとおりには出来ないものです。

言葉は悪いですが、初めてお題目に触れると、我というものが出るのですね。後、疑う心・猜疑心!なんでこんなことするんだ。しても無駄だという気持ちです。

 

何でもそうですが、入門したての時は、先輩・先生の言うことを素直に聞く以外ありません。わからないところからの入門なのですから。その世界を全然知らないのに、知っている人の言うことに疑問を持ったら何も始まりません。

 

お題目は特に自分の信仰心に関わってきますから、初心の人の心にはいろいろなものが出てきます。このことを受け止めて、お題目修行を続けていくと、恥ずかしさも疑いも消え、心の拠り所にすることが出来るのだと考えています。

継続は力なり、ですね!!

 

最後までお読み下さり、ほんとうにありがとうございます。

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