信仰の第一歩は、敬虔な気持ちから

宗教には必ず本尊があります。本尊とは何かと言うと、一番尊いものとなります。が、これでは中々わかりにくいと思うのです。

だから、まず皆様が思い描く憧れの存在・なりたい自分だと思って下さい。ただ注意いただきたいのは、自分の欲望をむき出しの心で憧れの存在・なりたい自分を想像してはいけないということ。自分の中にある良心・向上的な心からこれらを見つける必要があるということです。

こういう存在を見つけたら、それがご本尊様があなただけに対している姿です。あなただけ、あなたのみに姿を現したものです。

 

お寺には、何かしらの仏像・曼荼羅などがご本尊としてお祀りされています。美術的な価値は見いだせても、これらに宗教的な意義付を持つ人は少ないでしょう。だから、まずはお寺で向き合った御本尊を上で書いたようにイメージしてほしいのです。あなたのあこがれ・なりたいものとして!!

そしてじっくり見ていきましょう。今のあなたと、御本尊が象徴するあこがれ・なりたいとにものすごい隔たりがあることに気づくでしょう。気づいた時、今の自分をどう評価しているでしょうか?

おそらくまだまだ足りていない自分というものに行き着くのではないでしょうか?あこがれ・なりたい自分がイメージでき、まだまだ足りていない自分がここにいる。この両者が向き合う空間がお寺です。自分がまだまだ足りていないという敬虔な心になる!これこそお寺にお参りに来て、皆様に得て欲しい心持ちです。

人は生きている限り、完璧にはなりえないのです。足りていない自分を知り、誰だってそうなのだと知ること。ここに一種の許しが生まれます。皆一緒なのだと安心を得、仲間意識みたいなものを持つことが出来るのだと思います。

 

お寺にお参りしましょう。そして足りていない自分に気づく努力をしていきましょう。一緒にお題目修行ができればと願っています。

最後までお読み下さり、ほんとうにありがとうございます。

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