生老病死

仏教には四苦八苦という言葉があります。この中の四苦にあたるのがタイトルの「生老病死」。

これは生まれた瞬間から、時の経過がスタートし様々な変化に見舞われるというもの。この変化が私たちには嫌なんですね。だから苦しみという字がつくわけです。

でも考えてみると、生老病死はどんな人も逃れることが出来ない真理です。例えるならばスポーツでのルールに相当するもの。サッカーをやるならば手を使ってはいけないというのと同じように、生きているならば生老病死が必ず起こってくるということ。

すると私たちは逃れられないものを嫌がって苦しんでいるということになります…。

確かに何かいいことがあったら、その状態がずっと続けばいいと思います。気持ちはわかりますが、時は必ず経過します。良いことがそのままずっと保たれることはなく、反対に悪いこともいずれ変化するのです。これこそ生老病死というものです。

生老病死は苦しみではなく、物の道理。真理です。

人生は時と共に変化するのだと達観できれば、苦しみではなく大いなる励みともなることでしょう。ちょうどサーファーが大波を乗りこなしたいとワクワクするように、変化を楽しむ気持ちになれることでしょう。

このような気持ちになるために、信仰があるのだと考えます。信仰を得て、実践していく中で、変化を楽しめる心の余裕が生まれるようになるのだと。

妙心教会では、皆様にお題目信仰を持っていただきたいと思っています。人生が苦しいのは、生老病死という道理・真理を苦しみと見ているからです。ここを単なる道理・真理と思えるようになり、その中でイキイキと生きていくためにお題目信仰を利用していただきたいと思うのです。

一緒に南無妙法蓮華経と唱えましょう。有縁の方、足繁くどうぞご参拝下さい。信仰は継続することが唯一の正解です。結果を出すためには続けるしかありません。

皆様とご縁がありますように。

ちょっとしたことを書いてみました。最後までお読み下さり、本当にありがとうございます。

コメントを残す