「無常」と「無我」はこの世のルール(真理)だと受け入れるならば、日常は平穏になるということ

ここの所、三法印ということを書いています。最後は「涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)」です。

これは諸行無常・諸法無我をなるほどと受け入れた後の境地を表していると考えています。

時と共に何もかもが変わっていく・・・諸行無常

この世の存在は、自分のいる環境に合わせて役割を演じるだけであり、確立した自分(自我)、絶対に変わることのない自分(自我)などない・・・諸法無我

この二つをなるほどと受け入れた時、心に平穏が訪れるのだといいます。この平穏の境地を涅槃寂静といいます。仏様のお悟りと言ってもいいかもしれません。

私たちは生きていくために何らかの規則性を求めます。こうあるべき、こうすべき、こうしたらまちがいないと判断する何かを欲します。例えば、スポーツをするのでもルールに従いますね。サッカーで一人だけ手を使ってプレーする人がいたらゲームになりません。だからみんなサッカーのルールに従って楽しむのです。

同じように、仏教ではこの世の中(私たちが住んでいる世界)には諸行無常・諸法無我というルール(真理)があるのだとするのです。だからこのルールに従おう。そうすればより良く人生を送れるよというのです。

時と共に変化することを受け入れること。そして何者でもない自分、それ故、何者にもなれる可能性を宿した自分を受け入れること。この二つを受け入れ生きていければ、人生は平穏となるだろうというのです。

とはいっても、この2つを受け入れることが私達にとっては一番難しいのですが…。修行・修練や信仰が必要なのはこのためでしょう。

一筋縄ではいきませんが、この世のルールとしての諸行無常・諸法無我が受け入れられるように、そしてその先にある平穏を手に出来るようになりたいものです。

最後までお読み下さり、本当にありがとうございます。

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