通夜葬儀の流れ③ 葬儀

葬儀

葬儀は、死者の霊魂が浄土(天国・来世)へと旅立つための儀式です。

霊魂は、浄土(来世)に生まれ変わる前に「中有・中陰」と呼ばれる状態になり、死出の旅路を一人行かなければならないといいます。

この旅路の中で、生前の行いが裁かれ、どこに生まれ変わるかの判断が下されるとするのです。

ところで、私たち人間は、善悪両面を持っています。一生涯を終えて、いいことばかりやって生き抜いたという人は皆無と言っていいでしょう。つまり人は誰でも少しは罪を作っているのです。

そして罪があれば、裁かれます。必ず裁かれます。これを因果応報と言いますが、仏教の一つの特徴です。

要するに、人は死んだら誰でも死出の旅路の中で、生前の罪を裁かれるのです。

そしてこの裁きは、罪があるという前提で裁かれますから、良い裁きが出ることはまずないと思っていいでしょう。

このような前提が、葬儀という儀式を行うにあたり知っておくことだと考えます。そしてどうしても罪を作って生きざる得ない救いがたき私たち人間という存在をどのように死後救うのか?この答えが葬儀という宗教儀式に詰まっているものと考えます。

ではどうするのでしょう?

日本の仏教では、このような存在である霊魂を救うため、死後になりますが仏様に弟子入りさせるのです。弟子入りして悟り・成仏を目指す存在として、霊魂を見なしていくのです。

引導を渡される中、戒名を授かるのが、これです。

引導というのは、死者の一生涯や性格・業績などを仏様に報告し、これからこの人が仏弟子になります。名前はこれこれと改めました(戒名)。以後、仏様について、修行に励み、生前の罪を償い成仏を目指していきます。どうか仏教の教えを説いてお導きください。このような意味を読み上げています。

裁かれるのを待つのではなく、自ら(※厳密にいえば遺族・施主の方ですが)仏弟子となり、生前の罪を償う意思を表明して、修行者として死出の旅路に赴くのです。

このように準備して、死出の旅路に出発させるのが葬儀という宗教儀式といえましょう。

ただ注意したいのは、このようにするのは私たち人間が皆罪を作ってしまうという共通点を持っているからこそできるということです。この共通点があるから、子供(遺族)は親(故人)の代わりに葬儀の支度をして送り出すのです。生きている私たちが、亡くなった親しい人々に代わる(一体化する)という構図です。いずれ自分も送り出されることを前提にして。

通夜葬儀というのは、お互い様の精神だと考えます。人間という罪深い存在として生まれ生きる者同士、せめて死後の救いは何か?と考えたとき、このような宗教儀式が始まったのではないでしょうか?

このような観点で、宗教儀式を見ていただければ、少しはその意義も見いだせるのではないでしょうか。

当教会の考えとして書いてみました。最後までお読みくださり、本当にありがとうございました。