お布施について

お葬儀や年回忌、ご祈祷などをさせていただくと、お布施(料金???)はいくら?と聞かれることがあります。

当教会では「○○さんのお考えで納めてください」と答えます。

お布施は、一般のご商売のように対価性がある取引ではありません。またお寺や坊主が金額を決めるものでもありません。あくまで施主様が自分で思った額を納めるものなのだと考えています。

しかしお布施はいくらくらいと相場を知りたくなる方が多いようです。お店に行けば、買いたいモノの値段は大概決まっています。だから私たちはそれを買うために支払う値段も分かっていて、安心してお金を払うことが出来ます。

これに引き換え、お布施は値段がついていないですから支払う時、いろいろと不安が募るのでしょう。だからこのように相場を知りたがるのも分かるのです。

そこで相場に対してのはっきりとした答えとは言えませんが、お布施するときの一つの指針できるのではないかということを書いてみます。ただご注意いただきたいのは、ここで書くことは妙心教会の考え方です。絶対の正解として書くものではありません。ご念頭ください。

お布施の相場への一つの指針) 無理せず、得せず、中道で!

繰り返しますが、前提として、お布施はお施主様が自分で決めるものだということを忘れないでください。これはお寺や坊主にお布施の額を聞くのはナンセンスだということです。

そこでお施主様は、ご自分でお布施の額を決めなければいけません。その時使えるだろう考え方が、上に書いたものです。

まず「無理せず」と書きました。これはご自分の生活を苦しくしてしまうほどの額を出してはいけないということです。これは分かりやすいのではないでしょうか?

たとえば、貯金が100万、月給が20万の方がお布施に120万出すことはできないのです。生活に困ってしまいますから!
この場合、おそらく貯金の中からお布施となるでしょう。月給は基本的に生活費になるものですから除外されるわけです。すると貯金の中からどれくらいまでならば出せるかと考えられると思うのです。
一応付け加えておきますと、当然ですが貯金がない人は、月給の中からお布施の額を考えていくということになります。

つぎに「得せず」とも書きました。これはお施主様がご自分で金額を決められるからと1円、10円などの布施はどうなのでしょう?という問題提起です。つまり今回は安くすんじゃったよというのも良くないということです。

現代社会は、お勤めをされてお給金をもらって生活している方が大半だと思います。ご自分の労働にたいして、それに見合った額をもらいたいとお考えになることでしょう。もし一生懸命働いたのに給金が出ない、または契約より少ないとなった場合を考えていただきたいのです。

お布施も儀式をする僧侶の労働を見て、少なすぎずに設定していただきたいと考えています。

最後に「中道で」と書きました。中道というのは、例えるならば、天秤が左右ぴったりと合った状態とお考えください。「無理せず」で出したここまでなら出せるというお布施の金額と、「得せず」で出したこれくらいならば出さないとと思えるお布施の金額。この両者のちょうど半分くらいが中道といえるかもしれません。

先の貯金100万、月給20万の人の例で見てみましょう。この人が親の通夜葬儀を行うとします。
もしこの人が40万くらいまでならば布施出来るなと考えたとしましょう。つまり「無理せず」の額が40万とご自分で決めたということです。
そしてお坊さんに通夜葬儀、これからも法事などで付き合っていくのだからと考えて10万は布施しようと決めたとします。「得せず」が10万ということです。
※ご注意ください。ここで書いているのはあくまで一例です。同じような生活レベルの方でも、その方の考えにより「無理せず」の額、「得せず」の額が変わってきます。ここはあくまで私が考えた仮の例です。皆様がこの考えを使う時は、ご自分でしっかりと考えて「無理せず」の額、「得せず」の額を決めなければいけません。


この金額を「中道で」の天秤に乗せて、

(40万 + 10万) ÷ 2 = 25万

このように決めるのも一つの手ではないでしょうか?

※この記事では「中道で」を「無理せず」の額と「得せず」の額の半分としました。
しかし「無理せず」の額こそが「中道で」の額だという考えもあります。「貧者の一灯」というお話があります。貧しい人がお釈迦様のために何かをしたいと思い、自分の今所有しているものと小さなろうそくを取り換えたのです。そしてお釈迦様が人々のために夜説法をするとき、そのろうそくを灯したのです。他の人々も明かりを灯していました。説法中、大風が吹いたとき、貧しい人のろうそくだけが消えなかったそうです。お釈迦様は、自分の生活のギリギリのところでしてくれた心のこもった明かりだったからこそ、大風にも負けなかったのだと教えたといいます。この話からすると「無理せず」の額が中道の額ともいえるかもしれません。
ここのさじ加減は、お施主様となった時、よくよくお考えになって、「中道で」の額を決定していくことになるのではないでしょうか。絶対の正解はありませんから。

しつこいほど繰り返しますが、お布施の額はご自分で決めていいのです。その際、ご自分の生活を苦しくするほどの高額はダメ。そして得しちゃったなと思うほどの少額もダメ。あくまで無理せず、得せず、中道でということが大切だと考えて、有縁の方々にお伝えしています。

この頃は、当教会にも僧侶手配の会社から営業が良く来ます。このような会社ならば、僧侶を頼む際に支払う額が分かっていて安心でしょう。需要も多いようです。ただ当教会では、このような営業は丁重にお断りさせていただいております。

なぜかというと、お布施の額を決めて納めるというのは、一種のご修行なのだと考えています。会社から提示されているお布施というのでは、このような考え方からするとご修行にはならないかなと思っています。
皆様にはお布施はご修行なのだと思っていただき、ご自分で決めていただきたいと願っています。その際、上に示したようなことを考え方の指針にしていただけたらと思います。そして多すぎず、少なすぎず、自分の現状にあったものを偽らずに納めることが何より大切なマインドとなると考えます。このような気持ちで、お布施の額を決めたのならば、相場は?などとあれこれ迷わずに堂々と納められるのではないでしょうか?

あくまで当教会の考えとして、お布施について書いてみました。少しでもご参考にしていただければ幸いです。

最後までお読みくださり、本当にありがとうございました。