「0.1ミリの回心」を掲げて

ホームページのヘッダー画像を変えてみました。そこに「お題目信仰で、0.1ミリの回心を」と書きました。これを妙心教会の活動目的にしたいと考えています。

回心(えしん)というのは、自分の考えをほんの少しだけ変えてみることです。私たち人間はそれぞれ生き方・考え方、また生きてきた経験が違います。この違いによって、みな自分の考えを確立しています。考え方にそれぞれ特徴・癖があるといってもいいでしょう。

そしてこの自分の考え方に凝り固まっているのが普通です。だから周りに対してもこの考えで対処してしまうのです。

この考え方をほんの少しでも変えていく。これが回心ということです。

私たち人間は、自分一人だけでは何もできない不完全な存在です。不完全である以上、自分の考え方に凝り固まってしまうのは危険です。

お題目信仰によって、ほんの少しでも、たったの0.1ミリでも凝り固まった考え方から回心できたらと思うのです。

檀家もお墓もない小さな仏教教会である妙心教会は、どのように運営していくべきかとずっと考えてきたのです。そしていろいろな方からご相談をいただく中で、0.1ミリの回心という考えに到ったのです。

先日、家族が大動脈破裂でICUに入院中という方がご相談・ご祈祷をとご参拝されました。大切な家族が苦しい思いをして生死をさまよっているのを見かねて、どうにかなるならばと必死の思いでご参拝されたのです。

この方たちは、家族がいなくなってしまうのではないかという不安を口にしました。お医者様にも覚悟という言葉を言われたのです。不安で不安で仕方がなく、宗教に頼ってこられたのです。

私は、この方たちに0.1ミリの回心という考えを基に次のように話したのでした。

大切な家族がいなくなってしまうかもと思えばそれは不安以外にはないでしょう。でも先のことは分からないのです。私たち人間には全くわからないのです。専門家であるお医者さんに覚悟という言葉を使われたとしても、まだ大切な人は病院で一生懸命生きているのです。亡くなってはいないのです。だから先のことはまだまだ分からないのです。わからないことに不安にならないでください。分からないということは、何が起こるかわからないということなのですから。分からないというのを不安としてとらえるのではなく、無限の可能性として考え直してみましょう。そして病院で必死に戦っている大切な人と一緒になって戦っていきましょう。生きているということは、本当に無限の可能性があるということなのですから。

そして南無妙法蓮華経のお題目修行をご参拝者様と一緒にして、当病平癒のご祈祷をしたのでした。

このご参拝により、この方々が0.1ミリでも回心をしていだたけたらと心より願うものです。そして不安を少しでも緩和できたらと祈るのです。

最後までお読みくださり、本当にありがとうございました。