人生そのものが「苦」である…

タイトルの言葉だけ見ると、仏教は厭世思想なのかと思ってしまうのではないでしょうか?

「苦」という漢字からは、苦しみ・嫌のことなど負のイメージしか思い浮かばないはず。それなのに、人生そのものが苦であると言えば…、なんとも救いがないように思えてきます。

でもまぎれもなく、お釈迦様は人生そのものを苦と悟ったのだと私は思っています。

ただお釈迦様がおっしゃる「苦」は、苦しみなどとは違います。「くさかんむり」と「古」からなる「苦」という漢字は、草花が時間と共に状態を変化させていかざる得ない様子を表したものです。

つまりお釈迦様がおっしゃる「苦」とは、この世のすべては「常に変化し続けていく」ということを表したものだと考えています。

赤子として生まれ、時と共に成長し、大人になり、…最期を迎える。同じ人物だが、赤子であった時、子供であった時、大人、老人と様々に変化します。時と共に必ず変化します。この変化からは誰も逃れられません…。

逃れられない変化を「苦」とお釈迦様は悟ったのです。これはこの世に生きる誰にでも当てはまるものです。ここから出ていくことは出来ません。つまりこの世で生きる私たちの生(人生)そのものが苦だというわけです。

お釈迦様が悟った人生そのものが苦であるということ、ご納得いただけるでしょうか?

そして私たち人間は、概して良い状態から悪い状態に変化したときのことを鮮明に覚えているものです。嫌な気持ちになるものです。不幸を感じるものです。苦という漢字の意味が苦しみなどマイナスのイメージになっているのは、こういうことが理由ではないかと思っています。

話が横道にそれました。人生そのものが苦である。つまり人生は常に変化し続けるというのは普遍的な真理と言ってもいいのではないでしょうか。自分は年など絶対にとらないという人はいないでしょうから。

私たちが意識するしないに拘わらず空気がなければ生きていけない様に、お釈迦様が悟った「人生そのものが苦である」という真理は私たちを包み込んでいます。

これが私たちの人生の真実です。逃れることが出来ない絶対のルールです。

だからまず受け入れる。そして常に意識していく。忘れない。変化していくことを必要以上に恐れない! これが大切だと思います。

そしてではこの中でどう生きていくか。よりよく生きていくにはどうするか。ここを説いたのがお釈迦様の教えなのです。

教えはたくさんあります。でも土台を忘れずに教えを学べば、私たちの変化して止まることのない人生に安心立命を与えてくれることでしょう。よりよく生きていくための良いヒントをくれることでしょう。

40も半ばを過ぎたからでしょうか?人生そのものが苦であるというお釈迦様の御教え、なんだかずしんと心に響くようになりました。年を重ねるとはこういうことなのでしょうか。

ちょっと思ったことを書いてみました。最後までお読みくださり、本当にありがとうございました。