このようなコロナ対策をとっている国もあるんですね

出口が見えず、その上、第二波・第三波が懸念されるコロナの難問。私たち一人一人の命がかかっていますから、その対処の仕方は本当に難しいですね…。

ところでコロナの問題。どの国も同じような政策をしているわけではないようです。こんな記事を読んだもので。

独自路線を貫くスウェーデン 政府の勧告を国民の8割が支持した理由

世界で唯一 スウェーデン集団免疫作戦の成功宣言は本当か

記事によると、日本と同じように緩やかな自粛を推奨しつつ、経済的な自由度は高いと。つまりお店などに対してやるなという休業要請はないとのこと。

独自の集団免疫獲得作戦を展開しているからということでしょうか?

なにせ命がかかっていますから、このような政策に対して批判しようとすれば幾らでもできます。頭から悪と決めつけることもできます。

感染率も近くの国に比べて圧倒的に高いようですから…、正しい?政策なのかと思います。

ただ先行きが見えず、経済が委縮し続ける状態がこれからも続くのだとしたら…、とも思ってしまいます。

民主主義ですから、結局は選択の問題ということになるのかと…。

新しい感染症に対する人類の勝利は二つしかないのだと専門家が書いた記事を読んだ覚えがあります。

① ワクチンが出来、みんなが打つこと

② 集団免疫を獲得すること

ワクチンも体に抗体を作るために打つものですから、ようするに多くの人間の体に抗体が出来なくてはいけないということになるのかと思っています。ワクチンが出来るまでには1~2年かかるとか…。それでも専門家がキューピッチで開発してくださっているとのこと。本当にありがたいことです。

ただそれまでの間、多くの試練が待っているのでしょう。経済的・財政的に考えれば、終息後にも試練が待っていることでしょう。まさにいばらの道ですね…。仕方のないことなのですが…。

お釈迦様は、亡くなる寸前、弟子たちに泣きつかれたそうです。あなたがいなくなったら、私たちはどうしたらいいのかと。

お釈迦様は、弟子たちに「お前たちは私の教えを信じ今まで一緒に実践してきたではないか。もう私がいなくてもお前たちそれぞれはきちんと生きていけるはずだ。死は誰にでも来るものなのだ。何をそんなに嘆くことがあろう」

とおっしゃったとか。

法灯明、自灯明といわれるお話です。

コロナによって命の危険を多くの人が感じて不安になっている時、この言葉の意義をかみしめてみたいものです。

手洗い・うがい、顔洗い、マスク着用に、三密を避ける。健康に留意して、良く食べ、よく眠り、なんとか体を鍛える。

出来る限りのことをして、人にうつさず自分もうつらず、今を一生懸命生きていきましょう。もしそれでもの時は、…天命だと思い、受け入れられるようになりたいと私は考えています。お釈迦様がその時を受け入れたように。宗教・信仰の力ということになるのでしょうね。

皆様がコロナにかからない様に、コロナが早く終息するようにと毎日のお勤めでお祈り申し上げております。

思ったことを書いてみました。最後までお読みくださり、本当にありがとうございます。