え、お父さんって占い出来るの?

当教会に占い(お調べ)をしてほしいと電話があった日、めざとく子供が言った言葉がタイトルです。

私が、一応できるかなと答えると、

「じゃーさ、未来のこととか当てられるの?」

といってきます。

「あてられるわけないよ。未来のことなんて分からないのだから。唯一分かるのは人は必ず死ぬってことだけかな。」

というと、

「ふーん、つまらないの。そんなの占いではないじゃん」

というのです。

「未来のことを当ててほしいのならば、そういうことをしている占い師はたくさんいるでしょ。その人のところへ行けばいいのではないか。ただお父さんは未来が見える、当てられるといっている人を信じることは出来ないけれどね。だって未来はなにがおこるかわからないのだからさ」

というと、…本当に興味を失くしたようでした。会話はこれで終わりでした(泣)…。

占いというと、うちの子供が思っているようなものと考えている人がたくさんいます。

何か壁に当たっていたり、悩んだり、苦しんでいると、どうしたらいいの?と思うのは当然だと思います。何か打開するためのきっかけでもあれば…、こうなった原因は何だったのかわかれば…。このように思うのは仕方がないことです。

でももし皆様がこのような状況に置かれているとして、何か占ってもらい、○○が原因、だから○○すれば、○○のようになり打開できるよと告げられたとします。

私は、これは占いというより、予定調和というのでしょうか、こういうものを持ち出した一種の洗脳だと思ってしまいます。

告げられたことを信じることで安心はできても、自由な意思がないと思ってしまいます。例え告げられた通りになったとしても、そうでなかったとしても、告げた人に頼り切ることになってしまうと思います。本人の意思で何か打開したことにはならないと思うのです。

だから当教会の占い(※当教会ではお調べといいます)では、話をよく聞いた後、お調べをして、こうしてみたらという案を提示します。

当教会では、何かにつまずいているというのは、その人が今までやってきたやり方ではうまくいかないからだと考えます。だから視点をずらすための提案をお調べでしていきます。

例えるならば、目の前に大きな壁があるとします。何かにつまずくというのは、この壁をそれでもなんとかして進もうとしている状態です。もう壁の方向しか見えていないのです。だからどうしようもない…。悩み、苦しむことになります。

でも誰かがこの壁の左右に道がありそうだと伝えたらどうでしょう。ひょっとしたら壁を迂回して前に進んでいけるかもしれません。

行ってみたらもっと大きな壁があるかもしれません。これは仕方がないことだと考えています。その時は、また視点をずらしてみればいいのです。

当教会のお調べは、視点ずらし!!

このために行っているようなものです。未来は分からないのですから、ずらしてみたところでうまくいくかは分かりません。

ここは未来を当てる占い師の先生とは全く違います。

また、当教会のお調べは、あくまで提案でしかありません。やるやらないはその方次第です。当教会では絶対にやった方がいいという言い方はほとんどしません。

当教会が行っている占い!?とはこの程度のものなのです。だからメールなどでのご相談でお金を取るようなことはありません。

何かお困りでしたら、ご相談ください。だたし、当教会ではお答えできないものもあります。その時は、お答えできないと正直に言いますので、ご了承ください。私は神や仏でなく、皆様と同じ人間です。できないものはできない、無理なものは無理といわせてください。だからご相談の前には、こういうこともあり得るとご念頭くださいませ。

しかし、子供というのは、良く親の話を聞いているものですね。うっかり話すといろいろ大変です。気を付けようと思った次第です。

最後までお読みくださり、本当にありがとうございました。