諦め

仏教の創始者・お釈迦様が悟られた内容は三法印というものだと認識しています。諸行無常・諸法無我・涅槃寂静の三つを言います。これに一切皆苦を入れて、四法印ということもありますが、ここでは三法印としておきます。

簡単にいうと、

時間は常に流れていて、止まることがない ・・・諸行無常

私たち人間に一つの確立した我などない  ・・・諸法無我

上の二つのこの世の真理を受け入れれば、心は平穏になる ・・・涅槃寂静

というものです。

なんだがニヒリズムのにおいがしないでもないです。しかしそうではないのです。諸行無常と諸法無我って、私たちがどうにかしようとしてもできないのです。時間を止めることなどできないし、ずっと子供のまま親の庇護を受けて生きることもできないのですから。上の二つは何もかも変わっていく、変遷していくのだといっているのです。

これって当たり前のこと。私たちはこういう世の中に生きています。ここから逃れることは出来ない。つまり・・・どうしようもないのです・・・。

だから!!

お釈迦様は受け入れよ!とおっしゃったのです。例えとして適切ではないですが、私たちは地球の上、空気があって生きていけるようなものかと。私たち人間が個として生きるには、地球上の空気のあるところで生きるしかない。同じ地球でも、水の中や火山のマグマの中では生きられない。ましてや地球を離れた宇宙など、行くこともできないし、行けても個体として生きることなどできない。だから地球上、空気のあるところで生きよう。このように受け入れ、この場所でより良く生きていく努力をする必要があります。他の場所を目指すのではなく、この地球という場所で!!

腹をくくるというのでしょうか?これがお釈迦様がおっしゃった受け入れるということだと思っています。

つまりいい意味の諦めなのです。諦めなければいけないのです。時は流れていく、確立した自分などないと諦めることは、未来など分からないということです。これは未来に希望をもって、その希望を心の糧にするというのではなく、未来はどうにでもなるのだから、まず今を一生懸命生きようということにつながります。確実なのは今という時だけだからと。

コロナは終息どころか、ますます猛威を振るっています。どんなに対策していても、罹ってしまうかもしれません。これって一年前の今頃では想像もしていなかった状況です。諸行無常なのですね。諸法無我なのですね。・・・。

いい意味の諦めをもって、今を一生懸命過ごしたいものです。

最後までお読みくださり、本当にありがとうございます。