当教会の本堂には、正観世音菩薩さまと薬師観音さまがお祀りされています。
観音様は、正式には観世音菩薩といいます。
世の音を観察することに長けた菩薩さまです。
世の音とは、流行もそうでしょうし、世論とか、大勢の意見などの大きな声から、個々人が抱く小さな思いまですべてを含みます。
要するに、人の意見をきちんと聞いて下さる方なのです。
観音様を信仰するというのは、観音様のようになろうと努力することです。
自分の言いたいことだけを言うのではなく、人の意見にまずは耳を傾ける。そしてじっくりとその意見を理解しようとする。
人と話していると、意見が合わないこと、また相手が言っていることが理解できないことが起こることがあります。
皆様もきっと同じではないでしょうか?
こういうことが起こると、私のような普通の人間はあきらめというか、もういいという気持ちが起こり、相手の意見に関心をなくしてしまうものです。
でも観音様は、こうはなりません!
理解しようと、耳を傾け続けるのです。
そして時間はかかるけれど、相手のことを理解していくのです。
観音様は、争いません。相手の意見を聞こうとするので、争いが起こらないのです。
観音様は、怖がりません。相手に興味があるので、積極的にかかわっていけるのです。
観音様は、私たちの恐怖を取り除いて下さるといいます。
観音様のように、相手の話を聞こうと修行していけば、恐怖は自然と取り除かれるというのです。
なにごとも「理解しようとする心」。このような心を持ち続けることが大切なのだと観音様はお示しくださっているのです。
この心が相手を尊重し、ひいては自分も尊重されるために必要なのだと。
政治や外交、いろいろなところで観音様の教えが試されているような気がしています。
お題目信仰で、観音様信仰で、より良いものになっていきたいものです。
…信仰も修行ですから、なかなか思い通りにはいきませんが…。