撰時抄

書き下し文

それ仏法を学(がく)せん法は必ず先(ま)づ時をならうべし。

過去の大通智勝仏(だいつうちしようぶつ)は、出世し給ひて十小劫(じつしようこう)が間、一経も説き給はず。経に云(いわ)く、〔「一坐十小劫(いちざじつしようこう)」〕と。また云く、〔「仏、時のいまだ至らざるを知ろしめし、請(しよう)を受くるも黙然(もくねん)として坐す」〕等と云云。

今の教主釈尊(きようしゆしやくそん)は四十余年の程、法華経を説き給はず。経に云く、〔「説くべき時いまだ至らざるが故に」〕と云云。

老子(ろうし)は母の胎(たい)に処(しよ)して八十年。弥勒菩薩(みろくぼさつ)は兜率(とそつ)の内院に籠(こも)らせ給ひて、五十六億七千万歳をまち給うべし。

彼(か)の時鳥(ほととぎす)は春ををくり、鶏鳥(にわとり)は暁をまつ。畜生すらなをかくのごとし。

いかにいわんや、仏法を修行せんに時を糾(たださ)ざるべしや。