お葬式は?戒名は??必要なんでしょうか???

昨日、匿名の電話でご相談がありました。皆様にも興味のある内容ではないかと思い、ここに書いておきたいと思います。

ご相談者様は、自分ではないけれどと前置きをした後、
「自分の配偶者の兄が亡くなったみたいだと(義兄の子供から)知らせが来た。義兄は、家族の元から行方をくらませてしまい、生きているのかいないのかさえずっと分からなかった。義兄の子供は複雑な思いを持っているようだが、父親を弔わなければいけないとも思っている。ただ菩提寺も宗派も分からず、信仰心もはっきりいってない。どのように弔ったら良いだろうか?葬式はやらなければいけないのだろうか?その際、戒名はつけなければいけないのだろうか?義兄の子供はまだ若く結婚もしていない。そんなに収入もあるように見えない。このような状況で、どうしたらいいだろうか?」
というご相談でした。

どこにいるか分からなかった父親が死んだと連絡を受けたお子さんはさぞや困ったのでしょう。おじに当たる相談者様に話して、当教会へ電話が来たというわけです。なんでもこのホームページをちょくちょく見てくださっていたとか。ありがたいですね。

 

さて、このご質問。私のような宗教界に身を置く者にとっては切実な内容を含んでいます。というのも、葬儀や戒名は必要なのか?と問われたのですから。普通のお寺にとって、これらの儀式はお寺を維持活動していくために絶対必要なものです。これらが必要なくなったら…、きっと多くの普通のお寺が破産していくことでしょう。

妙心教会はどうなのかと言うと、普通のお寺が活動(収入)源としているこれらをほとんど行わないで活動しています(こういう活動が主になっていけば良いのですが、残念ながら…)。だからでしょうか?こういうご相談がちょくちょくやってきます。

 

当教会の答えととしては、時代の流れとして、葬儀が簡素化・無宗教化している事実があるとお知らせしています。私の所属する宗教界を含んだより大きなところで、葬儀などの簡素化が認知されはじめているということです。多くの人のニーズがこのようにあるとも言い換えられるでしょう。

葬儀がいるとかいらないとかではなく、このような流れが勢いを増している事実があるとお伝えしています。そしてこういう勢いがあるということは、葬儀をしなくても、戒名をつけなくてもいいのではないかと考える人が一定の割合でいるということをも意味しています。これが今の日本の現実だと当教会はヒシヒシと感じています。

このようにお答えして、あとはご家族で最良と思える方法を選択してくださいと申し上げました。

私個人としては仮にも宗教界に籍を置いておりますので、葬儀や戒名がいらないとは思えません。至らないところがあれば、改良しながら存続させていきたいと思っています。そして大切なご家族の死という悲しい現実に直面しているご遺族を、仏の教えを伝えることで導いていける、そんな僧侶になる必要があるとも…(まだまだ全くもって未熟ですが…)。

 

しかし自分個人の意見を離れての当教会の結論としては、今の時代の流れを踏まえるならば、葬儀をやるやらない、戒名がいるいらないという議論は不毛だと考えざる得ません。これだけ死者を見送る方法が多岐にわたっているのですから。これが現実だと思っています。だから後はご遺族でよく話し合いをして、みんなが納得する方法を選択すればいいと考えます。ただこの時、お寺で葬儀をしてもらい、戒名も頂きたいという選択肢が皆様の中にあることを願っています。今、お寺も変わらなければいけないのではと悩んでいます。だから真摯に相談してみると、良い答え、皆様の納得できる方法で葬儀・戒名を提供してくれることだってあると思います。遠い存在と思わず、気軽に相談してみてほしいものです。

 

結局自分で考えろってことかとご批判を頂きそうですが、ずばりそういうことになります。ただあなたの選択を批判する伝統だからという外圧は、少しずつ薄れているということをお伝えしておきます。亡くなった仏様、そして遺族である自分たちにとって一番いいと思える、一番納得できる弔い方法が外圧をあまり受けることなく、選択できる時代になってきているのだと。

 

ご参考にして頂ければ幸いです。最後までお読み下さり、本当にありがとうございました。

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