もうすぐお盆ですね

7,8月はご先祖様が私たち子孫のもとにやってくるとされる、お盆の時期です。当教会のある東京足立区竹塚では7月盆、8月盆どちらかで先祖供養をする方がたくさんいらっしゃいます。こういうのは、地域柄なんでしょうね。

さて、先祖供養ということを考えてみたいのです。先祖供養とは、亡くなったご先祖に対して供養することです。つまり故人を敬うということです。

何故この世からいなくなってしまった人々を大切にするのでしょう?一般的には、私たちが誕生するための原因となるのがご先祖様だからと説いたりします。私たちが今こうしてここに居られるのは、ご先祖様たちのお陰だとするのです。だから感謝(供養)するのだと。

最もだと思うのです。でも当教会ではもう一つ先祖供養をする理由を追加しておきたいのです。

それは「いずれこの世からいなくなり忘れられてしまう存在になる悲しみ(苦しみ)を分散するため」というものです。

私たちは有限の命。いづれ死を迎えます。今の所、この事実ばかりはどうすることもできません。どんな人間にも等しくやってきます。そして私という人間が生きていたことを知っている人間もまた死を迎えます。このように進んでいくと、私という存在はこの世から忘れ去られます。どんな人生を歩んだかはもちろん、名前だって忘れ去られてしまうでしょう。5代も10代も前のご先祖様の名前や人生を知っている人はそれほど多くないのではないでしょうか。

私たちは死を迎えたならば、それ以後の人々には忘れ去られてしまうのです。当教会は、死という平等の事実が怖いのではなく、死によって自分の人生がまるでなかったかのように忘れ去られるのが、死を恐れる本当の理由だと思っています。

このような死への恐怖を抱いた先人たちが、先祖供養を始めたのではないかと考えています。個別の名前はわからないけれど、等しく自分のご先祖様だと感謝・供養していく。私という人間も、死んだなら個別の名前や人生は忘れられるけれど、子孫からご先祖様と感謝・供養されると信じる。こういう親から子、子から孫へ受け継がれる先祖供養により、死によって自分が忘れ去られる恐怖を分散させていくのではないかと思うのです。個体としての自分は忘れられるけれど、ご先祖様として子孫に大切にされるのだから安心しようと。

気持ちの問題かもしれませんが、当教会が考える先祖供養の意義は、有限の命を精一杯生きようと思うための助けになるものと考えます。

どうか自分の命を見つめながら、お盆の季節にはご家族でご先祖供養をしてみて下さい。

 

少しばかり当教会の考えを書かせていただきました。ご参考にして頂ければ幸いです。最後までお読み下さり、本当にありがとうございました。

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