「わかる」と「できる」はだいぶ違う

昨年より、子供と新しいことを始めました。先生がいて教わるのですが…、思うのは「分かる」と「出来る」の違いです。本当にすごく違う。

先生の言っていることは、理論的でなるほど!!と分かるのです。でもいざ自分でしてみようとすると…、全く出来ないのです。繰り返し繰り返し、自分でやってみるということが必要なのでしょうね。

そういえば「習」という漢字。この漢字は「羽」に「白」と書きます。羽が白くなるまで、繰り返し繰り返し使っていく。こういう反復行動をあらわした言葉なのでしょう。

 

さて、当教会ではお題目を唱えます。何のために唱えるかと言うと、成仏(仏様になる)のためです。私たち凡夫が、この世の真理(法則)を悟り、それに則って安穏・安心して生き、死んでいけるようになることをめざします。つまりどうこの世で生きれば、気持ちよく生きられるのか、また死んでいけるのかという問題を解決した方が仏様なのです。私たちはこの仏様の悟った真理を体得して、同じようにこの世を過ごしていこうというわけです。お題目は仏様になるために唱えるのです。

このお題目にも理論があります。こういう状態が仏様の悟りだと示すものがあります。これはその示したものを読めば、皆さんきっと分かると思います。ああなるほどねと納得してもらえると思います。もしかしたらそんなこと嘘だと嫌悪するかもしれませんが…。いずれにしても言っていること・書いてあることは分かると思います。

しかし、ここからです。大変なのは!!わかったものを出来るようにする努力が必要です。これにはすごく時間がかかります。もしかしたら私の一生などでは間に合わないくらいに…。膨大な時間がかかります。出来るようになるには、この事実を納得して取り組むしかありません。

…難しいですね…。

 

難しいですが、懲りずにお題目修行にお越し下さい。途中でやめず、一生をかけてやっていきましょう。この覚悟があれば、きっと何かしらを得られることでしょう。今はお堂が連日40度を越す勢いの暑さです。暑さに負けず、…お互い頑張りたいものです。

最後までお読み下さり、本当にありがとうございました。

コメントを残す