祈祷(祈願)の効果とは

最近、暑いですね…。皆様、体調を崩されてはいないでしょうか?

さて、当教会はご信者様・有縁の皆様のご自宅などにお伺いして、様々な祈祷(商売繁盛など)やご先祖様へのご回向をさせていただくことを主な業務にしています。教会に参拝頂くことは稀で、殆どがこちらから出向する形で、宗教活動をしているのです。

するとです…。ほぼすべての家庭と言っても良いのですが、宗教を好きな人と嫌いな人が混在しているわけです。必要とされたと思いお伺いしても、家族の宗教嫌いの方から、疑念や不信感、あからさまは暴言といったものを頂くこともあります。正直、凹みますね…。

つい先だっては、ご商売されている方のお家に伺い、商売繁盛のご祈祷を済ませて雑談をしていると、家族の一人が帰宅して、私を見てこういうのです。

「坊主は良いな!祈っていればそれでいいのだから。俺らは金のやりくり・人のやりくりでクタクタだよ。地に足ついていないんじゃないの?まったく(怒)。祈っただけで商売がうまく行くならば、家なんかもう一部上場の企業になってるっての!! 俺の代になったらもうこなくていいからな」

凄いですよね。一文一句ほぼ間違わずに書いたつもりです。必要と思われて伺っても、このような言葉を言われることがあります…、きついですね。

 

ただこの人の言っていることも理解は出来るのです。つまりこの人は、祈っているだけでは現実が変わることはないのだと言っているわけです。そして祈りなどというものをやめて、現実的に動かなければいけないのだと考えているわけです。

仰るとおり!ごもっとも!!言っていることはわかります。日々、手足を動かし汗水かいて働く以外に商売繁盛はないのだというのですから。

しかし、祈りを否定してしまうのが良くないと思われます。祈りとは、先行き不透明な未来に対して希望を持とうという営みです。皆様は、日々生きていく中で、様々な試練に晒され、苦悩したり落ち込んだり、絶望したりすることがあるでしょう。このままで良いのかと不安になることもあるでしょう。現代進行している「今」という時でもこうなのですから、未来のことを思うならばますます不安を抱くようになると思われます。今の自分から想像して…・、未来の自分は・・・と・・・・。

こうならないように祈るのです。今の自分はいろいろなことに結果が出せていないけれど、一生懸命やる。この一生懸命な努力をずっと見守ってくれている存在があるのだ。だから努力を続けていこう。こういう気持ちになることが祈りです。私たち人間は不安や絶望の中で何かを継続することは出来ないのです。どこかに希望を見出さなければ、何かを続けることは不可能なのです。祈りとは希望を見出す精神的営みだと考えます。

もちろん、先の人が言っていたように祈っただけでは駄目ですが、祈りのない行動もまた駄目だと思います。祈りを捧げ、希望を持つ。この希望によって日々の努力・継続を行う。このようなルーティンが、私たちの未来を少しずつ少しずつ良いものにするのだと考えています。

 

私の仕事は、祈りを通じて、皆様に希望を見出していただくことだと、最近考えるようになりました。そして祈りだけでは駄目だということもしっかり伝えていかなければいけないと思っています。

それにしても、ちょっとどころでなく、かなり凹みましたね。あの言葉は…。まだまだ坊主としても、否、人間としても未熟者ということなのでしょう。・・・祈りと行動。この繰り返しを自分でもやらないとと思うこの頃です。

 

最後までお読み下さり、本当にありがとうございました。

コメントを残す