四十九日法要

昨日は、先代の頃よりご縁を結ばせていただいていた方の四十九日の法要でした。場所は多磨霊園。久しぶりにいきました。ちなみに多磨霊園ってもう一つあるんですね。「東京多摩霊園」というみたいです。「多磨」が「多摩」となっています。こちらは都立の霊園ではないみたいです。ルートを調べていた時、発見しました。二つ同じような名前の霊園があるということは知っておいて損はないでしょう。

 

四十九日は「尽七日」とも「大練忌」ともいうのです。葬儀火葬を経て、故人は霊魂として黄泉の旅路を進みます。一週間ごと(7日ごと)に関所があり、ここでその人の生前の行いが裁かれるといいいます。始めの関所では「目によってなされた生前の行い」を、次の関所では「耳…」をというように。部分的に「眼・耳・鼻・舌・身・意」のそれぞれでなされた生前の行いが裁かれます。これで6つの関所を進んだことになります。

そして最後の関所に到着。これが四十九日です。皆様もご存知の閻魔様!この方のいる関所に到着するのです。今までの6つの関所は、ここの支店みたいなもの。すべて裁いた内容がここに集まっています。つまり、生前の行いが総合的、かつ、最終的に裁かれるところなのです。この裁きにより、来世が決まるというわけです。

 

四十九日で人は生前のことを全て精算して、生まれ変わるのです。だからここでお墓に遺骨を納める、納骨という儀式を行うのがスタンダードと言えると思います。昨日は納骨まで行ってきました。

 

宗教儀式には、きちんとやる意義があると考えています。今はいろいろとやり方が出てきていますが、やる意義を知ってスタンダードなやり方で故人を弔うことで、死にたいする認識、また今生きていることのありがたさなどに気づくきっかけを提供できるのではないかと当教会は考えているのです。

 

筆に任せて書きました。最後までお読み下さり、ほんとうにありがとうございます。

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