100歳で亡くなるまで母を介護していたから…、100歳までなんてとても生きたいと思わないわ!

お寺をやらせていただいていると、いろいろなお話が聞けます。人生の先輩たちがお話くださることは、どれも実体験。私のような若輩者が口を挟むことはほとんど出来ないと考えています。

ただ宗教的な話をすることで、考え方が前向きになるかもしれないと思われる場合は、少しだけ喋らせていただくことがあります。

 

ご信者様と一緒にお題目修行をした後、お茶を飲んでいると、タイトルのような言葉を言われたのです。この方のお母様は、100歳という長寿を全うしました。ただ10年以上の歳月、介護が必要となり、この方を含むご家族は、いろいろと苦労もしたのです。

元気で長寿を全うできるのならば、誰でもそれを望むのでしょう。しかしこの方はお母様という前例を見ています。だから元気で長寿…というのは大変難しいとお思いなのです。

ピンピンコロリという言葉があります。元気な内にいろいろな整理を済ませ、すんなりと旅立ちたいと仰るのです。

 

気持ちはわからないくないのです。でも死は誰にでも平等にやってくるもの。いつそれがやってくるかが分からないだけです。今この瞬間に突然やってくることだってありえないことではないのです。このように見てくると生きているということはとても貴重なこと。こう思います。

 

だから貴重な時間を十二分に味わうべきだと思うのです。ピンピンしていなければ駄目だと思うのは間違いだと思うのです。生きているという事実、この事自体が本当に貴重なのではないでしょうか?それに私たちの人生はフィフティフィフティです。親となった時、子供にいろいろな迷惑?をかけられます。年を取って体が動かなくなったら、今度は子供に迷惑をかけていいのです。これで平等なのです。だから気兼ねなどする必要ないのです。また子供ならば、悪態の一つや二つつかれることでしょう。喧嘩しながら迷惑かければいいのです。こう思います。いろいろ言いながらも、子供ですから親のことをしっかり見守ってくれると信じて。

 

あの世はあの世。この世ではないのです。だから本当にあるのかないのかはその人の気持ち次第です。確実なのは、この世に生きているという事実。苦しいこと、悲しいこと、楽しいこと。いろいろ起こるこの世に生きているということ。生きていれば、年老い体も頭も言うことをがきかなくなります。とても嫌なことです。しかしそれでもこの世に生きていることは貴重なこと。こう思います。

 

貴重な人生を最後のその時が来るまで、じっくり味わいたいものです。たとえそれが自分の意図することと違うとしても! だから長寿を目指してくださいと。

 

こんな話をお茶を飲みながらしたのでした。最後までお読み下さり、本当にありがとうございます。

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