難しいね・・・

自分と考え方の違う方、意見の違う方と何かを決めるのは容易ではありません。ましてやお互いが自分の意見・考え方が正しいと信じている時は尚更です。多くの物事が困難となり、停滞するのはこういうときではないでしょうか?

 

当教会が信奉する妙法蓮華経(通称、法華経)は、漢訳されたものが3つ残されていると言います。「正法華経」「妙法蓮華経」「添品法華経」の3つです。この中で信仰の対象になっているのが妙法蓮華経。後の二つは学者さんやごくごく少数の人が興味を持つお経となっています。

なぜ妙法蓮華経が信奉されたのかというと、一番始めの文字「妙」があるからだと思うのです。妙っていうのは、一般的に「曖昧」だったり「よくわからない」だったりと掴みどころのない意味になりますよね。でも、これがいいのです!

なんでも勝敗・善悪をきっちり判定しないようにする。これが妙の精神だと思っています。・・・そんなことでは何一つ決まらないではないか!と声が返ってきそうです。確かに妙の精神に則れば、素早く物事が決まることはないでしょう。だって相手も自分もそれぞれ意見があり、それぞれの立場に立ったならば善であり、正であると認めた上で物事を決めていかなければいけなくなりますから。また何かが決まったとした時、その内容は両者に受け入れられるものになっている必要があるでしょうから。妙の立場を取るならば、物事を一つ決めるにも、とても時間がかかり、困難であることを覚悟しなければいけないでしょう。

 

いろいろと進歩があり、何でも素早くやるのがいいというのが今の世界の風潮のようですが、妙はこの風潮の真逆の精神と言えるかもしれません。

これからは100年生きる時代だそうです。この100年を素早く生き続けるのでしょうか?そんなこと…しなければいけないのでしょうか?疲れてしまいませんか?しんどくありませんか?私は想像しただけでしんどくなりますが・・・。

 

妙の精神を知っていただきたいと思っています。もっとゆったり生きることができるように。自分も相手も尊重できるように。みんなでこの精神を身につけるため、お題目修行をしましょう。

最後までお読み下さり、本当にありがとうございます。

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