信頼関係が築けているからこそ、だと考えています

最近よく来る電話が、投資と葬式・法事の勧誘。投資しませんか?葬式・法事を紹介させていただきますので、そちらで来ませんか?というものです。

当教会では、どちらもお断りしています。投資の勧誘はともかくとして、葬式・法事の勧誘はどうかと思っています。
なぜって?知らない方の法事、ましてや葬儀を出来るのかと思っているからです。青臭いことを言っていると思われてもいいのです。形式的にこれらの儀式をするのならば、できます。現にご縁のあるお寺から頼まれた場合は、お手伝いさせていただています。でもこの場合、ご縁のあるお寺さんと法事・葬儀を依頼した方とは面識があるのです。私はどうしても都合がつかないお寺さんの代理で儀式を行うのです。だからいろいろなケアは後日、そのお寺さんがされることでしょう。葬儀会社などからの依頼で儀式を行うのとは、全く違うと考えています。

私は、宗教というのは「信頼関係」を基にして成り立っているものと思います。檀家と菩提寺というのも、この信頼関係でしょう。代々の宗旨とよく言います。この宗旨というのは、自分はどういう理想を掲げ、それを実現していくためにどう行動するかを示したものです。宗というものを、昔の古書では「自行の因果」と示しています。まさに上に書いたとおりの内容です。この宗旨を示すところがお寺であり、示されたものをこれはいい、信じようと決めた人を信者といいます。一家をあげて代々信じていこう、孫子に伝えていこうとしたのが檀家です。宗旨を基に、信じ合う・信頼関係が成立しているのが分かると思います。

言い換えると、お寺は先生。信者・檀家は生徒です。こういう信頼関係が築けているところに、法事や葬式は成り立つのかなと考えています。

ただ…、この信頼関係を築くのが難しいとヒシヒシと感じています。私の坊主としての力がまだまだまだまだ足りないのです。努力を怠らないようにして、たった一人の人とでも本当の信頼関係を築けるようになりたいのです。時間がかかっても、こういう関係を作りながら、妙心教会が人々に必要とされるようになれればと理想を持っています。

青臭いことを承知で、こういうスタンスで続けていこうと決めています。一歩々々、少しでも前に進んでいきたいものです。

最後までお読み下さり、本当にありがとうございます。

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