ご先祖様と各霊位

皆様のご自宅にもし仏壇があるならば、そこには位牌があることでしょう。過去帳もあるからもしれませんね。

位牌は「〇〇家先祖代々の霊」と書いてあるものと、「〇〇院〇〇居士」などと書かれているものが置かれているのではないでしょうか?

先祖代々の霊と〇〇居士などの霊はどう違うのでしょうか?一緒ならば一つにしてしまえばいいはずです。でも別々になっているということは違いがあるということのはずです。

当教会では、先祖代々の霊は成仏を果たした仏と考えます。別の〇〇居士はまだ成仏していない霊となります。だからこちらの霊位には、遺族が供養をする必要があるのだと檀信徒様に伝えています。

何故成仏していないと考えるかと言うと、人間は完璧ではないということに起因します。私たち人間は生きている間、必ず功罪があります。罪の方に目を向けるならば、これを償う期間が必要になります。罪をほったらかしにしておいてはいけませんから。そしてこの故人の償いを故人に代わって行うのが遺族です。これを弔いとか追善供養といいます。

故人に代わってと書くと、故人の罪を遺族が謝るのか?と疑問に思うことでしょう。しかしそうではありません。追善供養とあるように、遺族がより良く生きること(=追善)が、故人の償いになるのです。だから謝るのではないのです。そうではなく、より良く生きるように努力することが、供養なのです。

例えば、遺族が仲睦まじく、協力して生きていくようにする。人にやさしくする。親切になる。いつも笑顔でいる。怒らない。などなど、こういうことが追善供養なのです。世界を変えるなどという大きなことを考える必要はなく、私たちの日常で出来る些細とも思える善行を心がけるのです。

このように追善供養を何年も続けていくことで、故人の生前の罪も消え、ご先祖様へと昇華するのです。つまり成仏するのです。同時に追善供養をしてきた人もより良い生き方を手に入れていることでしょう。これは追善供養を行った功徳と言えるでしょう。

〇〇居士という霊位がご先祖様へと消化された時を「弔い上げ」といいます。普通33回忌、または50回忌で弔い上げと言われています。ただ当教会では人間が成人となる20年、21回忌で弔い上げだと伝えています。人間が高齢化を迎え、あまり長い期間の供養は難しいと考えているからです。

当教会では弔い上げの時、〇〇居士といった位牌を納めてもらいます。多くのご先祖様と一体になり成仏してしまったのですから、個別の位牌(戒名)は役目を終えたものと考えています。

このように書いていくと、故人(〇〇居士)の成仏は、私たち遺族の生き方にかかっていることがわかります。私たちの死後の成仏は、遺族となるものたちの生き方にかかってくるのです。私たち人間は、必ず何かしらの罪を作って生きざる得ない存在ですから、親から子、子から孫と続く大きな命で罪を精算していくよう追善供養というシステムが生まれたのかもしれませんね。

大きな永遠に続いていく命の営みに思いを馳せる、これが仏教の、追善供養のはじめの一歩だと思うのです。

最後までお読み下さり、本当にありがとうございます。

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