「変わっていく」ということが『変わらない世の常』

仏教っていろいろに分かれています。全く違う考え方をしているようにも思えるほど、別れています。

でも、それでもこれは仏教だという基準があると言います。

この基準を「三法印(さんぽういん)」などといったりします。皆様も聴いたことがあるでしょう平家物語の冒頭、「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」の諸行無常はその一つです。

諸行無常とは、変わっていかないものはない、永遠にそのままでいられるものは存在しないということです。時と共に何から何まで変わっていく。変化していく。

この私も、小さな、かわいい(笑)子供だったことがあるのです。今は・・・こんなですが(苦笑)・・・そういう時代が確かにあったのです…。でも時と共にこんな(苦笑)になったのです。誰でも同じです。みんな共通です。

これが諸行無常です。この世の常です。真理と言ってもいいのではないでしょうか?諸行無常という真理に影響されない存在はいないのです。この世に生まれてきた以上、この真理からは絶対に逃れられないのです。

つまり諸行無常という真理は変わらないものなのです。変わっていくという事実、これこそが変わらない真理(この世の常)だと仏教は説くのです。

そしてこの変わっていくという変わらない真理の中、私たちはどう生きていくのがいいのか?これを説いているのが仏教という宗教なのだと思っています。

この真理に抵抗しようとすると、つまり今の状態を続けていきたいとあがくと、苦しみがやってくるのです。不可能のことをやろうとしているわけですから…。・・・本当によくやってしまうのですが…。

諸行無常、とても深い教えです。仏教を仏教たらしめている教えです。皆様に知って頂けたらと思い、少し書いてみました。変わるということをもっと受け入れていけるようになりたいものですね。

最後までお読み下さり、本当にありがとうございます。

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