令和2年、この年が皆様にとって良い年となりますように

あけましておめでとうございます。先ほど、本年最初のご祈願を致しました。

今年が良い年となるように、仏様のお言葉を書いておきたいと思います。

直く、正しく、言葉優しく、柔和で、思い上がることがない者であらねばならぬ。

足ることを知り、わずかな食事で暮らし、雑務少なく、生活もまた簡素であり、諸々の感官が静まり、聡明で、高ぶることなく、諸々の家で貪ることがない。

一切の生きとし生けるものは幸福であれ、安穏であれ、安楽であれ

仏陀の言葉「スッタニパータ」より

決して難解な文ではないですね。読んで意味が分からないというものではないでしょう。でも…。

引用中、最初の一文は人間の目指すべき理想の人格を示したものであり、つぎの一文は、私たちの日々の行いへの示唆であり、最後の一文は私たち人間の共通の願いとすべきものを示したものでしょう。

私自身、日々の自分を振り返ってみて全くできてないことばかり…。だから仏陀の教えは難しいと感じています。皆様はどうでしょうか?

でもたとえ難しいとしても、これらの教えを心の片隅にでも置いて日々を送りたいなと思うのです。そして何かの時にこの教えを思い出し、自分を振り返る材料にしたいと。

最近は自己肯定だの自己受容だのと言いますが、仏教は謙虚さこそ大切だと説いているようです。でもどうなのでしょうか?今の自分がどういうものかと振り返るならば、とてもだが肯定などできない。肯定が出来なければ受容もできない。私自身はこう思ってしまいます。
だからまず謙虚に自分を見つめ、到らないところ・悪いところを知ることで思い上がることがなくなることを目指す。その結果、思い上がることのない謙虚な気持ちで他と交わるようになる。こうなって初めて他人への寛容な気持ちも生まれるのではないでしょうか?

寛容とは許すということ。認めるということ。仲間と受け入れること。寛容の精神を手にすれば、自己肯定も自己受容もできるのではないでしょうか。先に引用した理想の人格に少しは近づけるのではないでしょうか。

そして、理想の人格に少しでも近づきたいと努力する人が増えれば、この世はもっともっと良いものとなるのでしょうね。とても難しいことですが…。

仏教の教えを実践するのはとても難しいです。本当にこう思います。自分にはとてもだが使いこなせないのではないかと…。でもだからと言って意味のないものとは思っていません。万分の一、億分の一でも心底、心に触れることが出来れば、大変役立つものなのだと考えています。心の底から教えをいただくことが出来ればという条件付きですが…。…難しいですね…。いつか、せめて死を迎えるまでには少しでも実感できたらと思うのです。

上で引用した教えをほんの少しでも心にとどめ、ご自身を振り返る一つの材料としていただき、本年をお過ごしくださればと願っています。そうすればきっと良いお導きが得られ、幸多い一年となっていくことでしょう。幸多い人生へとつながっていくことでしょう。

新しい年が始まるに際し、少しだけ思ったことを書いてみました。最後までお読みくださり、本当にありがとうございました。

本日(元旦)の日の出は、厚い雨雲が東の空にあったのでどうかなと思っていましたが、雲の隙間をぬうように顔を出してくれました。
今年も初日の出が見れました。本当に良かったです。

今年が皆様にとって本当に良い年となりますように

近所からの初日の出(2020年元旦)