供養(回向)ということ

私たちは、亡くなった方やご先祖様の霊魂に対して「供養」します。供養とは、正式には「追善供養」と言い、私たち生きているものが霊魂に代わって善い行いをし、この善行の功徳(成果)を霊魂の功徳とすることなのです。

人間は、生きている間は「良いこと」「悪いこと」両方行います。法律に触れるようなことだけが悪いことではありませんから…。

人を助ける・人の役に立つことが良いことだとすると、悪いことはその反対。自分のことばかりを考えることとなります。

皆様はどうでしょうか?このように「良いこと」「悪いこと」を定義するならば、ご自分はどちらを多く行っているでしょうか?

・・・わたしは・・・、間違いなく悪いことの方が多いと…思います。

そして仏教は「因果応報」を説く宗教です。良いことをすれば良い結果が、悪いことをすれば、それに伴う結果を手にするのだと。

悪いことが多いのならば、悪い結果が現れる…。つまり私は、今のままでは死後、どこに生まれ変わるかは明らかです…。

皆様はどうでしょうか?

ちなみに仏教は、私たち普通の人間を「凡夫」と呼び、凡夫は人生において悪いことを多く行うものだと考えています。だから仏様の教えを信じて、良いことをする生き方をするように努力しないといけないというのです。

しかし生きている間に仏様の教えに出会い、信じ、実践する人は少ないのです。つまり縁を結ぶことがないのです。

これは日々の生活が忙しいこともあるでしょう。宗教を信じないという考えなのかもしれません。私たちは仏様の教えに縁を持つことがないのです。

では凡夫である私は、死後、悪い世界に生まれ変わる以外ないのでしょうか…。

いいえ!!

だからこその「追善供養」なのです。

生きている間はいろいろなことで縁を結べず、凡夫のまま過ごす。でもその生きている日々は、家族・子供・大切な仲間などと一生懸命過ごしたはず。全体的にみれば、自分勝手な行いが多いかもしれないが、このような人々に対しては真心で接してきたはずです。

この真心で接してきたはずの人々が、凡夫であったこの私の死を悼み、代わりに善行を行ってくれるのです。ありがとうと感謝の気持ちをもって!

このような追善供養は、凡夫として過ごしたこの私の悪行を清算してくれるのです。そして浄土・天国と呼ばれる良い世界へ生まれ変わらせてくれるのです。

供養とは、凡夫として生きる私が死後、悼んでくれる人々によって救われる・成仏する救いのシステムといえるかもしれません。

ではどのような善行をすることが霊魂の追善供養となるのでしょう。一番いいのは、供養する人が仏様の教えを学び、信じ、実践して、心の慈悲を宿すことです。そのために、お経を読んだり、お写経をしたり、仏教を学び実践する人の話を聞くのです。

そしてこの経験を日々の生活に活かしていくのです。これは今まで書いてきた文脈から言い換えると、凡夫である私を少しでも変えようとしていくということになるのでしょう。

故人の恩に報いるため、仏様の教えを頼りに、自分(凡夫)を変えていく!!

供養とは、追善供養とは、このようなものと言えるでしょう。

本年から、妙心教会ではご参拝者・有縁の方々にお経を読んでいただき、お写経していただき、また拙くて申し訳ありませんが私がお話していこうと思っています。これらを縁にしてこれらの方々は仏様と出会い、故人への恩に報えるような追善供養ができるようお手伝いしていきたいと考えています。

参拝者が写経し、読経し、説法を聴く。そして追善供養の法要をする。このような行事(回向会)を計画中です。

本年も妙心教会をよろしくお願いいたします。

最後までお読みくださり、本当にありがとうございました。