信じるものは救われる!!

昨年、ご信者様と話していると、「なんとなくここにしこりがあるようなんだよね~」というのです。

それもかなり大きいというのです。

だから医者に診てもらうといいですよというと、そのうちにねとの返事。

これでは埒が明かないと思い、勝手に検査してくれる病院を調べ、ほぼ無理やり連れて行ったのです。

すると…、癌でした…。

ご本人、今までほとんど医者にかかったことのない健康優良児のような方。気丈に振舞っていましたが、やっぱりいつもと全然違うのです。ショックであり、恐怖を感じたのでしょう。

私は、お題目をお唱えください。一心に、否、無心に唱えてくださいと言いました。唱え続ければ、必ず精神的な支えとなるからと。

普段からお題目を唱えてくださる方ですが、癌が見つかってからはより一層、一生懸命に唱えるようになったのです。

私は、お会いするたびにお題目を唱えてください。そうすれば拠り所となるからと。拠り所をもって治療に臨めば、絶対に自分は治るのだと確信できるようになるからと。

熱心にお題目信仰を続け、精神的な拠り所を獲得したこの方は、無事に手術に成功し、術後も医者がびっくりするほど良好です。

お題目信仰を熱心にしたから病気が治ったなどと言いたいわけではありません。信仰やご祈祷で病気が治ることはありませんから。病気を治すのは、絶対にお医者様などの専門家なのです。

しかし病気になり不安な気持ちを抱えた方をケアすることならお寺でできると私は思っています。信じるものは救われると言いますが、これは私に言わせれば、信じることで心の拠り所を得て、不安な気持ちを抱えつつも、逃げずに進んでいけるようになることだと考えます。

そのために不安な気持ちを聴き、一緒にお題目やお経を唱え、ご祈祷する。このようなことをお寺はできると。

今回の事例は、ご信者様と共に以上のことが経験できた貴重な体験でした。幸いに癌が治ったと報告を受けてから書いているのですが、信じるものを持つことの大切さを改めて思うのです。信じたからといって奇跡が起こるわけではありませんが、信じることによって心の拠り所は得られます。この拠り所が、何かの時、とても頼りになるはずなのです。今回のご信者様はこのことを身をもって示してくださいました。私はこう感じています。

ありがたいことです。

思ったことを書いてみました。最後までお読みくださり、本当にありがとうございました。