宗教 と 科学

突然ですが、私は宗教と科学は全く考える方向が違っていると思っています。例えるならば、科学が東京から京都に向かっているとすれば、宗教は京都から東京に向かっていく。これくらい正反対だと思っています。

科学的な考え方は、分からないもの・難しいものは細かく分解して理解しようという感じ。

宗教的なそれは、大きくてわからないもの・難しいものをそのまま分からない・難しいと理解していこうという感じ。

科学的な考えが私たち人間の生活を、文化を著しく発展させた原動力です。だから凄いもの、役立つものだと思っています。

ただ…、これだけ科学が発展しても、私たち人間が分からないことは無数に存在します。科学がもっともっと発達すれば、分からないことは完全になくなるのでしょうか?昔何かの本で読んだと記憶していますが、優秀な科学者には神という未知なる存在を信じる人が多いのだとか…。

宗教は、未知なるものを未知とそのまま認めて畏敬の念をもって接するものです。未知なるものの中、自分というちっぽけな存在がいるのだと認める行為です。

大自然の中を道を開き、街を作り、自分たちに合う過ごしやすいものにしようとする営みが科学ならば、大自然の地形を崩さず、大自然の恵みに頼って生きていくのが宗教といえるかもしれません。

科学的な考え方は必要です。でも宗教的な考え方も必要です。こう思います。人類がもっともっと発展するのは良いことであり大切ですが、私たちがいくら発展しても手の届かない未知なるものがあり、その中で生かされているのだという気持ちも必要だと思うのです。両方があっていろいろなことがうまくいくのかなと思うのです。

今日は久しぶりに山に登るご修行にいこうと思っていたのです。目覚ましをつけて寝たのですが…、起きたのは6時半…。大寝坊をしてしまいました…。情けなく、ひどいことです。そして近いうちに絶対に登るぞと思うのでした。

思ったことを書いてみました。最後までお読みくださり、本当にありがとうございました。