生死は表裏一体なんです…

絶対に当たる占いは、誰にでもできるのです。以下のように言っていればいいのです。

いつ、どこで、どのようにかは分からないが、あなたは必ず死にます

と。

悲しいことですが、現実です。必ず当たります。今のところ100%の的中率を誇っています。

死はもちろん嫌なものです。怖いものです。考えたくもなければかかわりたくもないものです。私には子供が小さい頃、死について話して聞かせ、子供が怖くなってしまい泣いてしまったという経験が何度もあります。こんな話するのかわいそうだと思いながら、それでも大切だと思い、話しました。

人間は死んだよ。それもいとも簡単に。だからこそ今生きていることを大切にしないとね。自分だけでなく、他人様も一緒だよ

と。

こんな話、子供に分かるわけはないかもしれませんが…、機会があると今でもボソッと話すのです。子供にとって嫌な親かもしれません…。親から怖がらせられるのですから、子供にはとんだ迷惑でしょう。…最近は話自体あまり聞いてくれませんが(苦笑)

でも親として子供にはよりよく生きてほしいと願っています。だからその裏にある死について知ってほしいのです。死ということが誰にでもやってくるものだと。嫌なものだけれど、逃れることは出来ないのですから。また死はとても身近なのだと。何かのきっかけで簡単にそれはやってくるのですから。

子供には、否、どなた様にも以上の性質をしっかり覚えておいてほしいのです。忘れてはいけないと思っています。

このような死の性質を現代に生きる私たちは少し見ないふりし過ぎたのではないかと思うのです。嫌なものにふたをするではないですが、生きるということだけに焦点を合わせすぎてしまったということはないでしょうか???

このようなことがこれからも続くならば、人知で解決できないようなことが起こるたびに、大変なストレス・不安が社会に現れるように思い危惧するものです。

生きるということは死ぬことと表裏の関係ですから。

お釈迦様の教えは、この世の真理を生老病死としたのです。生まれたものは必ず年老い、病気にかかり、そして死んでいくものだと。これをもっと専門的に表すならば三法印(さんぽういん)となります。これは諸行無常(この世の存在は絶え間なく変化し続けていく)・諸法無我(この世の存在は変わらない実態を持たない)・涅槃寂静(諸行無常・諸法無我を真理と認め受け入れ獲得した人生を平穏に生き抜く知恵・精神状態)というもの。

あきらめるという言葉がありますが、これは現代ではマイナスのイメージを持ちますが、本来は諦めるということであり、そういうものだと達観することでしょう。絶えず変化し続ける世の中を、これまた絶えず変化する実態のない自分として生きていく。この覚悟というのでしょうか?このような悟りというのでしょうか?こういうものをもちなさいとお釈迦様はおっしゃったのではないかと思っています。そうすれば様々なことに心乱されることなく生きていけるからと。

このような気持ちになれれば、きっとどのようなことが起ころうと、今生きている状態に感謝し、楽しめるのではないでしょうか。

長期化がほぼ確実と思えるコロナとの戦い。この戦いの中でも気持ちよく(悪者を見つけるようなことをしないで)過ごしていきたいものです。このように考えていたら、ふと以上の駄文となってしまいました。もし最後までお読みいただけたのならば、本当に感謝申し上げます。

皆様がコロナに負けず、日々を平穏に過ごされますようにお祈り申し上げます。