お題目修行(唱題行)

当教会は日蓮大聖人を祖と仰ぐ仏教教会です。日蓮大聖人は、仏教の修行を南無妙法蓮華経のお題目を口に出して唱えることだとおっしゃいました。

ですから、当教会も同じく南無妙法蓮華経のお題目を口に出して唱えることを修行としています。

前の記事に書いたのですが、仏教の目的は諸行無常(※絶えず変化し続けること)の世の中を自我を超越することで苦しみと感じず安穏に生き抜けるようになることだと考えています。

絶え間ない変化の中、自分だけ変化せず一番いい状態でいようとすれば、どうしたって苦しむことになります。例えるならば、川に船を浮かべて川下りをしている時、美しい景色を見つけてしまい、いつまでも見ていたいと流れに竿をさしてその場に止まろうとしているような感じでしょうか。川の水が流れている以上、いつまでも止まってはいられないのにです…。

美しい景色は、きっと他にもあるはずなのです。川下りをしながら、たくさんの美しい景色を見て楽しめばいいのです。心を奪われたからと、律儀にその景色だけにこだわる必要はないのです。

・・・しかし私たちはこれをしてしまうのです。私たちには自我なるものがありますから。

この自我の問題を解決する。このためにお題目修行があります。

お題目は、自我の問題を解決して成仏した仏様の御心・魂だと信仰します。お題目を唱えるということは、唱える修行者の口が仏様の御心・魂を声に出しているということになります。

これにより、まず声(言葉)が仏様と同化します。何度も何度も繰り返していくと、気持ちも同化します。そして最後には行動が同化してしまうのです。

そして自我の問題を解決して、安穏に生き抜けるようになるのです。

これがお題目修行をする意義と言えるかと思っています。

そんなばかな!と思われるかもしれません。でも笑う門には福来るという言葉がありますね。この言葉を信じて、いつも笑顔を絶やさないよう努力し続けた人は、きっと感じのいい人格となり、人に好かれるようになり、福を手にするのではないでしょうか。当教会はこのように信じたいのです。

お題目も同じ。信じて唱え続けるところに仏様の御心・魂が私たちと同化して、自我の問題が自然に解決してしまうのです。だって自我の問題を解決した仏様の御心・魂をいただいたことになるのですから。

難しいことを考えずに、お題目は仏様の御心・魂だと信じて唱え続けるだけでいいとするのです。

とてもシンプルなご修行法です。まずは毎日一遍でもいいから南無妙法蓮華経のお題目を口に出して唱えること。ここがスタートとなります。

千里の道も一歩よりです。自分の成仏を目指して始めていただけたらと願うものです。