宗教というものは、信仰心が全てです。つまり「信じる」ということを基にして成り立っています。
宗教嫌い、無信仰の方は大変多いようです。しかし宗教に限らず、信じるということはあらゆる関係を円滑にするために必要な営みだと思うのです。
何か特定の宗教を信じましょうとは、ここでは書きません。でも信じるという行為が疑うという行為より優れているということ知っていただきたいのです。
疑いはギスギスを、信じるはホッコリを
私たち人間は、他人が自分のことをどう思っているのかにとても敏感です。ちょっとした表情、しぐさなどから感じ取るものです。…過敏すぎて、勘違いを起こすことも多々あるでしょうが…。でも相手が自分をどう思っているかが気にならない人はいないということです。
もしこのことを納得くださるならば、相手の態度が自分を疑っている時と信じてくれているなと思える時で、自分自身の相手への態度も違ってくることもご理解いただけると思います。
相手が自分を疑っているなと思う時は、相手に対してギスギスした態度となるでしょう。反対に信じてくれているなと思えれば、相手に好意を持ち、ホッコリと安心していられるでしょう。
どっちの方が、関係が良好であるかは一目瞭然です。
騙されたくないが疑いを生む
でも信じるのはとても難しいです。私たちは信じたけれど、自分の思った通りに進まなかったという経験を一度や二度はしています。否、ほとんどそうかもしれません。
例えば、あなたがまだ小さかった時。留守番を頼まれたとしましょう。親はそのごほうびになにかあなたの好きなお菓子を買ってくるといいました。それならばと留守番を引き受けましたが、親はお菓子を買ってくるのを忘れてしまうのです。またはあなたが欲しいと思っていたお菓子と違うものを買ってくるのです。
あーーぁ!?と思いませんか?
このようなことは、日常茶飯事です。自分が思ったとおりに相手が完璧に動いてくれることなどほぼ皆無なのですから。でもここで思ってしまうのです…。騙された!と。
これが続く(なにせ日常茶飯事ですから)と、信じることより、本当?と疑問の心を持つようになるのではないかと思っています。騙されたくないから。自分が持つ期待感を裏切られたくないから。
信じるためには過度に相手に期待しないことが大切
人は誰でも完璧ではない。自分のことを考えれば、当然導き出される答えです。
だから失敗もするし、人の期待に応えられないこともある。これは自分も同じ。
このように考えられれば、相手に過度の期待を持たなくなり、疑うことを減らすことが出来るのではないでしょうか?
そうすると、完ぺきではない者同士がお互いの不完全さを補うために良好な関係を目指す必要を感じる。良好な関係を築くには、相手を信じる必要が出てくる。疑いの心はすぐに相手に気づかれるから。
信じることは難しい。
自分を守るためには、まず疑いを持って関係を始める。こういう考えの方もいらっしゃるでしょう。一つの考えではありますが、それではまるで相手に武器を突き付けているようなものではないでしょうか?相手はきっと突き付けられている武器に気づいています。そして相手も疑いという武器を持つ、と…。
どこで武器を納め、手を取り合うのでしょう???これではきっとどちらも相手側がこちら側の望みを完璧にこなした後だと思うでしょう。まず相手側がこちらの望みに答えよと。
信じることは本当に難しいと言わざる得ません。
ビジネスならば、今現在の状態では仕方がないのでしょう
ビジネスという競争の場では、このような駆け引きが出てくるでしょう。勝ち負けがある世界ですから。良好な関係よりより多くの利益を求めるのがビジネスですから。信じるよりも疑って、相手にボロを出させ、様々な駆け引きに使い、より多くの利益を取るのです、ビジネスは。…つくづく過酷な世界ですね…。
信じることを大切にしていきたいものです
長々と書きましたが、争って相手よりより多くのものを手に入れなければいけないという場でない限り、信じるという事を大切にしたいものです。
人間はお互い完ぺきではいられないのです。だから自分の不完全をお互いで補い合うことができる関係が必要です。家族などその最たるものでしょう。
騙されてもいいという信じ方ではなく、お互い不完全なのだから失敗も行き届かないところもあるさという許しあう信じ方。こういう信じ方が出来たらいいのではないかと思うのです。
まず身近なところで許しあう信じ方を試してみる!
一緒に暮らす家族、仲間。このようなところから「許しあう信じ方」を始めたいものです。初めは難しくても、意識していけば、きっとその関係は今まで以上に良好になっていくはずです。良好な関係が実感できれば、別な場所でも自信をもって行っていけるようになるでしょう。そしてあなたを取り巻く関係が良好なものになっていく、と。
気持ちよく生きていくために、お互いに「許しあう信じ方」を目指していけたらいいですね。
この記事があなたの生活を少しでも良くするお役に立てていますように(合掌)最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。