「海」のような存在を
海の水は、どこでも「塩辛い」という、一つの同じ味がすると言われます。 海には、様々な河川から水が流れ込みます。時には汚れたものや化学薬品など、本当に多種多様なものも流れ込むでしょう。それらを海は、まるで「混ぜ混ぜしてしま 続きを読む 「海」のような存在を
海の水は、どこでも「塩辛い」という、一つの同じ味がすると言われます。 海には、様々な河川から水が流れ込みます。時には汚れたものや化学薬品など、本当に多種多様なものも流れ込むでしょう。それらを海は、まるで「混ぜ混ぜしてしま 続きを読む 「海」のような存在を
通夜葬儀などの時、遺族の代表者を「喪主」と言います。そして大概、この喪主が「施主」も兼ねていることが多いようです。施主とは、金銭的なことを受け持つ役割と考えて間違いないでしょう。この施主について、ちょっと書いてみます。 続きを読む 施主について
年を重ねるとは、経験を積むと同義と言えるかと思います。すると経験に裏打ちされて、その人なりの人格が確固としてきます。大切なこととは思うのですが…。 さて、当教会が読誦する経典・妙法蓮華経の中に、有名な「自我偈」という部分 続きを読む 心が柔軟で、正直に
怒りという感情はとても怖いものだと思うのです。 それは怒りという感情が発せられ、これが行動に現れると、この行動を向けられた相手もまた怒りの感情を起こすようになりがちだからです。この感情には強い伝染力があるのではないかと私 続きを読む 怒りとは何か ― 仏教の視点から私個人として考えてみた
信仰の核――久遠実成本師釈迦牟尼仏 当教会の信仰の中心にあるのは、久遠実成本師釈迦牟尼仏というご本尊が、常に私たちを導いてくださっていると信じることです。 この点については、あらかじめ一つお断りしておきたいことがあります 続きを読む ご本尊に導かれて
先日、叔父の弔いに参列しました。私とは別の宗派での弔いでした。 そこでお導師が、次のようなお話をされていました。「ほんの些細なことでいざこざを起こしてしまう私たち人間。だからこの世では、人は人のままであり、仏にはなれない 続きを読む 親族の弔いに参列して
一つ前の投稿の続きです。 信仰は、真っ暗闇の中でも必ず出口があると思えるようにするための営み。このように書きました。 ではお題目では、どのようにこの出口を示しているのでしょう。 まずこの信仰では、久遠実成本師釈迦牟尼仏と 続きを読む どのように出口を見つけるか
私なりに以上の違いをまとめてみます。あくまで私個人の考え。これをご了承ください。 例えば、何も見えない、真っ暗なところを 手を伸ばし、体をねじり、なにか触れるものがないか、どうにかこの状況を前に進める手がかりはないかと考 続きを読む 哲学、信仰
法華経・方便品の一文です。 本末が究竟して等しい このように読みたいと思います。 どんなに枝分かれしていようが、根本を尋ねればみな一つの所に行きつく。つまり一つのものが枝分かれしているように見えるだけで、本当は一つである 続きを読む 本末究竟等
あけましておめでとうございます。 今年は、タイトルの通り、丙午の一白水星の年です。日本の風習?というのでしょうか…、歴史の流れというのでしょうか…、こういうものを見ていくと、丙午の年では、女児の出生率が急激に下がる傾向が 続きを読む 2026年元旦 丙午一白水星の年