爾の時に世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく
諸の比丘諦かに聴け。仏子所行(ぶっししょぎょう)の道は善く方便で学(まなば)せるが故に思議(しぎ)することを得べからず。衆の小法を楽(ねが)って大智を畏(おそ)るることを知れり。是の故に諸の菩薩、声聞縁覚と作り、無数の方便を以て諸の衆生類を化して、自ら是れ声聞なり。仏道を去(さ)ること甚だ遠しと説く。無量の衆を度脱(どだつ)して皆悉(みなことごと)く成就することを得せしむ。小欲懈怠(しょうよくけだい)なりと雖(いえど)も漸(ようや)く当に作仏せしむべし。内(うち)に菩薩の行を秘(ひ)し外に是れ声聞なりと現ず。少欲(しょうよく)にして生死(しょうじ)を猒(いと)えども、実には自ら仏土を浄む。衆に三毒(さんどく)ありと示し、又、邪見の相を現ず。我が弟子是の如く方便して衆生を度す。若し我具足(われぐそく)して種々の現化(げんけ)の事を説かば、衆生の是れを聞かん者、心に則ち疑惑を懐(いだ)かん。
今、此の富楼那は昔の千億の仏に於て所行の道を勤修し、諸仏の法を宣護(せんご)し無上慧(むじょうえ)を求むるを為(なし)て諸仏の所(みもと)に於て弟子の上に居(こ)し、多聞(たもん)にして智慧ありと現じ、所説畏(しょせつおそ)るる所なくして能く衆をして歓喜せしめ、未だ曽て疲倦(けけん)あらずして以て仏事を助く。