信解品第四

世尊、方便力を以て如来の智慧を説きたもうに、我等、仏に従いたてまつりて、涅槃一日の価(あたい)を得て、以て大に得たりとして、此の大乗に於て志求(しぐ)有ることなかりき。

我等、又、如来の智慧に因(よ)って、諸の菩薩の為に開示演説(かいじえんぜつ)せしかども、而も自ら此れに於て志願有ること無し。所以は何ん。仏、我等が心、小法を楽うを知しめして、方便力を以て我等に隨って説きたもう。而も我等、真に是れ仏子なりと知らず。今、我等、方(まさ)に知んぬ。世尊は仏の智慧に於て悋惜(りんじゃく)したもう所無しと。所以は何ん。我等、昔より来(このかた)、真(まこと)に是れ仏子なれども、而も但小法を楽う。若し我等、大を楽うの心あらば、仏、則ち我が為に大乗の法を説きたまわん。今、此の経の中に唯一乗を説きたもう。而も昔、菩薩の前に於て、声聞の小法を楽う者を毀訾(きし)したまえども、然も仏、実には大乗を以て教化したまえり。是の故に我等説く。本心に悕求する所有ることなかりしかども、今、法王の大宝、自然にして至れり。仏子の得べき所の如きは皆已に之を得たり。