分別功徳品第十七

爾の時に仏、弥勒菩薩摩訶薩に告げたまわく、阿逸多、其れ衆生あって、仏の寿命の長遠是の如くなるを聞いて、乃至(ないし)能く一念(いちねん)の信解(しんげ)を生ぜば、所得(しょとく)の功徳(くどく)限量(げんりょう)有ることなけん。

若(も)し善男子(ぜんなんし)・善女人(ぜんにょにん)あって、阿耨多羅三藐三菩提の為(ため)の故(ゆえ)に、八十万億那由佗劫に於(おい)て五波羅蜜(ごはらみつ)を行(ぎょう)ぜん。檀波羅蜜(だんばらみつ)・尸羅(しら)波羅蜜・羼提(せんだい)波羅蜜・毘梨耶(びりや)波羅蜜・禅(ぜん)波羅蜜なり。般若(はんにゃ)波羅蜜をば除(のぞ)く。是の功徳を以て前(まえ)の功徳に比(くら)ぶるに、百分(ひゃくぶん)・千分(せんぶん)・百千万億分(ひゃくせんまんのくぶん)にして其の一(いち)にも及(およ)ばず。乃至算数(さんじゅ)・譬喩も知ること能わざる所なり。若し善男子、是の如き功徳あって、阿耨多羅三藐三菩提に於て退(たい)すといわば、是の処(ことわり)有ることなけん。

爾の時に世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、

若し人、仏慧(ぶって)を求(もと)め、八十万億那由佗の劫数に於て五波羅蜜を行ぜん。是の諸の劫の中に於て仏及び縁覚(えんがく)弟子(でし)並(ならび)に諸の菩薩衆に布施(ふせ)し供養せん。珍異(ちんに)の飲食(おんじき)・上服(じょうぶく)と臥具(がぐ)と栴檀をもって精舍(しょうしゃ)を立(た)て、園林(おんりん)を以て荘厳(しょうごん)せる。是の如き等の布施、種々に皆微妙なる。此の諸の劫数を尽くして以て仏道に回向(えこう)せん。若し復禁戒(きんかい)を持(たも)って清浄にして欠漏(けつろ)なく、無上道(むじょうどう)の諸仏の歎(ほ)めたもう所なるを求めん。若し復忍辱(にんにく)を行じて、調柔(じょうにゅう)の地(ち)に住(じゅう)し、設(たと)い衆(もろもろ)の悪(あく)来(きた)り加(くわ)うとも其の心(こころ)傾動(きょうどう)せざらん。諸の有(あら)ゆる得法(とくほう)の者の増上慢(ぞうじょうまん)を懐(いだ)ける、斯(こ)れに軽(かろ)しめ悩(なや)まされん。是の如きをも亦能く忍(しの)ばん。若し復勤(つと)め精進(しょうじん)し、志念(しねん)常に堅固(けんご)にして無量億劫に於て一心に懈怠(けだい)せざらん。又無数劫に於て空閑(くうげん)の処(ところ)に住して、若しは坐(ざ)し若しは経行(きょうぎょう)し、睡(ねむり)を除いて常に心を摂(おさ)めん。是の因縁を以ての故に能く諸の禅定(ぜんじょう)を生じ、八十億万劫に安住(あんじゅう)して心乱(みだ)れず。此の一心の福(ふく)を持って無上道を願求(がんぐ)し、我、一切智を得て諸の禅定の際(かぎり)を尽くさんと。是の人、百千万億の劫数の中に於て此の諸の功徳を行ずること、上の所説の如くならん。