分別功徳品第十七

善男女等(ぜんなんにょとう)あって、我が寿命を説くを聞いて乃至一念も信ぜば、其の福彼(か)れに過(す)ぎたらん。若し人、悉く一切の諸の疑悔(ぎけ)有ることなくして、深心(じんしん)に須臾(しゅゆ)も信ぜん。其の福、此(かく)の如くなることを為(う)。

其れ諸の菩薩の無量劫に道を行ずるあって、我が寿命を説くを聞いて、是れ則(すなわ)ち能く信受せん。是の如き諸人等、此の経典を頂受(ちょうじゅ)して、我未来(みらい)に於て長寿(ちょうじゅ)にして衆生を度(ど)せんこと、今日(こんにち)の世尊の諸釈(しょしゃく)の中の王として道場(どうじょう)にして師子吼(ししく)し法を説きたもうに畏(おそ)るる所なきが如く、我等も未来世に一切に尊敬(そんきょう)せられて道場に坐せん時、寿(じゅ)を説くこと亦是の如くならんと願せん。

若し深心あらん者、清浄にして質直(しちじき)に多聞(たもん)にして能く総持(そうじ)し、義(ぎ)に隨って仏語(ぶつご)を解(げ)せん。是の如き諸人等、此(ここ)に於て疑有ることなけん。

又、阿逸多、若し仏の寿命長遠なるを聞いて、其の言趣(ごんしゅ)を解(げ)するあらん。是の人の所得の功徳限量有ることなくして、能く如来の無上の慧(え)を起(おこ)さん。何(いか)に況(いわ)んや、広く是の経を聞き、若しは人をしても聞かしめ、若しは自らも持(たも)ち、若しは人をしても持たしめ、若しは自らも書き、若しは人をしても書かしめ、若しは華(け)・香・瓔珞・幢旛(どうばん)・繒蓋(ばんがい)・香油(こうゆ)・蘇燈(そとう)を以て経巻(きょうがん)に供養せんをや。是の人の功徳無量無辺にして、能く一切種智(いっさいしゅち)を生ぜん。

阿逸多、若し善男子・善女人、我が寿命長遠なるを説くを聞いて深心に信解せば、則ち為れ、仏常に耆闍崛山(ぎしゃくせん)に在(あ)って、大菩薩、諸の声聞衆の囲繞(いにょう)せると共(とも)に説法するを見、又此の娑婆世界、其の地(ち)瑠璃(るり)にして坦然平正(たんねんびょうじょう)に、閻浮檀金(えんぶだんこん)以て八道(はちどう)を界(さか)い、宝樹行列(ほうじゅぎょうれつ)し、諸台楼観(しょだいろうかん)皆悉く宝をもって成じて、其の菩薩衆咸(ことごと)く其の中に処(しょ)せるを見ん。若し能く是の如く観(かん)ずることあらん者は、当に知るべし、是れを深信解(じんしんげ)の相(そう)となづく。