爾の時に世尊、八十万億那由佗の諸の菩薩摩訶薩を視そなわす。
是の諸の菩薩は皆是れ阿惟越致(あゆいおっち)にして、不退(ふたい)の法輪(ほうりん)を転(てん)じ、諸(もろもろ)の陀羅尼(だらに)を得たり。即ち座より起って仏前に至り一心に合掌して、是の念を作さく、若(も)し世尊、我等に此の経を持説せよと告勅(ごうちょく)したまわば、当に仏の教の如く広く斯(こ)の法を宣(の)ぶべし。
復是の念を作さく、仏、今、黙然(もくねん)として告勅せられず。我、当に云何(いかん)がすべき。
時に諸の菩薩、仏意(ぶつい)に敬順(きょうじゅん)し並に自ら本願(ほんがん)を満(まん)ぜんと欲して、便ち仏前に於て獅子吼(ししく)を作(な)して、誓言を発(おこ)さく、世尊、我等、如来の滅後に於て、十方世界に周旋往返(しゅうせんおうへん)して、能く衆生をして此の経を書写し、受持し、読誦し、其の義を解説(げせつ)し、法の如く修行し、正憶念(しょうおくねん)せしめん。皆是(みなこ)れ仏の威力(いりき)ならん。唯願わくは世尊、佗方に在(ましま)すとも遥かに守護せられよ。