即時に諸の菩薩、倶に同じく声を発して偈を説いて言(もう)さく
唯願(ただねが)わくは慮いしたもうべからず。仏の滅度の後、恐怖悪世(くふあくせ)の中に於て、我等当に広く説くべし。諸の無智の人、悪口罵詈等(あっくめりとう)及び刀杖(とうじょう)を加(くわ)うる者あらん。我等、皆当に忍ぶべし。
悪世の中の比丘は、邪智(じゃち)にして心諂曲(こころてんごく)に、未(いま)だ得(え)ざるを為(こ)れ得たりと謂(おも)い我慢(がまん)の心充満(こころじゅうまん)せん。
或(あるい)は阿練若(あれんにゃ)に、納衣(のうえ)にして、空閑(くうげん)に在(あ)って、自ら真の道を行ずと謂(おも)うて、人間(にんげん)を軽賤(きょうせん)する者あらん。利養(りよう)に貪著(とんじゃく)するが故に白衣(びゃくえ)のために法を説いて、世に恭敬(くぎょう)せらるること、六通(ろくつう)の羅漢(らかん)の如(ごと)くならん。是の人、悪心を懐(いだ)き、常に世俗の事を念(おも)い、名を阿練若(あれんにゃ)に仮(か)って好(この)んで我等が過(とが)を出(いだ)さん。而も是の如き言(ことば)を作さん。此の諸の比丘等は、利養を貪(むさぼ)るを為(もっ)ての故に外道の論議を説く。自ら此の経典を作って世間の人を誑惑(おうわく)す。名聞(みょうもん)を求むるを為ての故に分別して是の経を説くと。