化城喩品第七

爾の時の所化の無量恒河沙等の衆生は、汝等、諸の比丘及び我が滅度の後の未来世の中の声聞の弟子是れなり。我が滅度の後、復、弟子あって是の経を聞かず、菩薩の所行を知らず覚(さと)らず、自ら所得の功徳に於て滅度の想を生じて当に涅槃に入るべし。我、余国に於て作仏して更(さら)に異名(いみょう)あらん。是の人、滅度の想(おもい)を生じ涅槃に入ると雖(いえど)も、而も彼の土に於て仏の智慧を求め是の経を聞くことを得ん。

唯、仏乗(ぶつじょう)を以て滅度を得、更に余乗(よじょう)無し。諸の如来の方便説法をば除く。

諸の比丘、若し如来、自ら涅槃の時に到り、衆(しゅう)又清浄(またしょうじょう)に信解堅固(しんげけんご)にして空法(くうほう)を了達(りょうだつ)し、深く禅定に入れりと知りぬれば、便ち諸の菩薩及び声聞衆を集めて、為に是の経を説く。世間に二乗として滅度を得る有ること無し。唯一仏乗(ただいちぶつじょう)をもって滅度を得るのみ。

比丘当に知るべし。如来の方便は深く衆生の性(しょう)に入れり。其の小法を志楽(しぎょう)し深く五欲に著(じゃく)するを知って是れ等の為の故に涅槃を説く。是の人、若し聞かば則便(すなわち)信受す。

譬えば五百由旬の険難悪道(けんなんあくどう)の曠(はる)かに絶(た)えて人なき怖畏(ふい)の処あらん。若し多くの衆あって、此の道を過ぎて珍宝の処に至らんと欲せんに、一りの導師あり。聡慧明達(そうえみょうだつ)にして、善く険道(けんどう)の通塞(つうそく)の相を知れり。衆人(しゅにん)を将導(しょうどう)して此の難を過ぎんと欲す。所将(しょしょう)の人衆(にんしゅう)、中路(ちゅうろ)に懈退(けたい)して、導師に白(もう)して言(もう)さく、我等、疲極(ひきょく)して復(また)怖畏(ふい)す。復、進むこと能(あた)わず。前路(ぜんろ)猶(な)お遠し。今、退(しりぞ)き還(かえ)らんと欲すと。

導師、諸の方便多くして、是の念を作さく、此れ等、愍(あわれ)むべし。云何(いかん)ぞ大珍宝(だいちんぽう)を捨てて退き還らんと欲する。是の念を作し已って、方便力を以て険道の中に於て三百由旬を過ぎ、一城を化作(けさ)して衆人(しゅにん)に告げて言(のたま)わく、汝等、怖るることなかれ。退き還ること得ることなかれ。今、此の大城の中に於て止(とど)って意(こころ)の所作(しょさ)に隨うべし。若し是の城に入りなば快(こころよ)く安穏なることを得ん。若し能く前(すす)んで宝所(だいじょう)に至らば亦去ることを得べし。