是の法を宣暢(せんちょう)したもう時、六百万億姟(ろっぴゃくまんのくがい)、諸苦(しょく)の際(さい)を尽(つく)すことを得て、皆、阿羅漢と成る。第二の説法の時、千万恒沙の衆、諸法に於て受けずして亦阿羅漢を得。是れより後の得道、其の数量有ること無し。万億劫に算数(さんじゅ)すとも其の辺(ほとり)を得ること能わじ。
時に十六王子、出家し沙弥と作って皆共に彼の仏に大乗の法を演説したまえと請ず。我等及び営従(ようじゅう)、皆当に仏道を成ずべし。願わくは世尊の如く慧眼第一浄(えげんだいいちじょう)なることを得ん。
仏、童子の心・宿世(すくせ)の所行を知しめして、無量の因縁・種々の諸の譬喩を以て、六波羅蜜(ろくはらみつ)及び諸の神通の事を説き、真実の法・菩薩所行の道を分別して、是の法華経の恒河沙の如き偈を説きたまいき。
彼の仏、経を説きたまい已って静室(じょうしつ)にして禅定に入り、一心にして一処に坐したもうこと八万四千劫。
是の諸の沙弥等、仏の禅より未だ出でたまわざるを知って無量億の衆の為に仏の無上慧を説く。各々に法座に坐して、是の大乗経を説き、仏宴寂(ほとけえんじゃく)の後に於て宣揚(せんよう)して法化(ほうけ)を助(たす)く。一々の沙弥等の度する所の諸の衆生、六百万億恒河沙等の衆あり。彼の仏の滅度の後、是の諸の聞法の者、在々諸仏(ざいざいしょぶつ)の土に常に師と倶に生ず。