仏、諸の比丘に告げたまわく、
大通智勝仏は寿(じゅ)五百四十万億那由佗劫なり。其の仏、本(もと)道場(どうじょう)に坐(ざ)して、魔軍(まぐん)を破(は)し已(おわ)って阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)を得(え)たもうに垂(なんな)んとするに、而(しか)も諸仏の法、現在前(げんざいぜん)せず。
是の如く一小劫乃至十小劫、結跏趺坐(けっかふざ)して身心(しんじん)動(どう)じたまわず。而も諸仏の法、猶(な)お在前(ざいぜん)せざりき。
爾の時に忉利(とうり)の諸天(しょてん)、先(さき)より彼の仏の為に菩提樹下(ぼだいじゅげ)に於て師子座(ししざ)を敷(もう)けり。高さ一由旬。仏、此の座に於て当に阿耨多羅三藐三菩提を得たもうべしと。適(さだ)めて此の座に坐したもう。
時に諸の梵天王、衆(もろもろ)の天華(てんげ)を雨(ふ)らすこと、面(めん)ごとに百由旬なり。香風(こうふう)、時に来(きた)って萎(しぼ)める華(はな)を吹(ふ)き去(さ)って、更(さら)に新(あたら)しき者を雨らす。是の如く絶えず十小劫を満てて仏を供養す。乃至(ないし)滅度(めつど)まで常に此の華を雨らしき。
四王の諸天、仏を供養せんが為に常に天鼓(てんく)を撃(う)つ。其の余(よ)の諸天、天の伎楽(ぎがく)を作(な)すこと十小劫を満(み)つ。滅度に至るまで亦復(またまた)是の如し。
諸の比丘、大通智勝仏、十小劫を過ぎて諸仏の法、乃(いま)し現在前して、阿耨多羅三藐三菩提を成じたまいき。