如来寿量品第十六

比丘(びく)当に知るべし、諸仏の出世(しゅっせ)には値遇(ちぐう)すべきこと難(かた)し。所以は何ん、諸の薄徳の人は無量百千万億劫を過ぎて、或は仏を見るあり、或は見ざる者あり。此の事を以ての故に我是(こ)の言(ことば)をなす、諸の比丘、如来は見ること得べきこと難しと。

斯の衆生等、是の如き語(みこと)を聞(き)いては、必(かなら)ず当に難遭の想を生じ、心に恋慕(れんぼ)を懐き、仏を渇仰(かつごう)して便ち善根を種ゆべし。是の故に如来、実に滅せずと雖(いえど)も而も滅度すと言う。又善男子、諸仏如来は法皆是の如し。衆生を度せんが為なれば皆実にして虚しからず。

譬えば良医(りょうい)の智慧聡達(ちえそうだつ)にして、明かに方薬(ほうやく)に練(れん)じ善(よ)く衆病(しゅうびょう)を治(なお)す。其の人、諸の子息(しそく)多(おお)し、若しは十(じゅう)・二十(にじゅう)・乃至(ないし)百数(ひゃくしゅ)なり。

事(こと)の縁(えん)有るを以て遠く余国(よこく)に至(いた)りぬ。諸の子(こ)、後(のち)に佗(た)の毒薬(どくやく)を飲(の)む。薬(くすり)発(ほっ)し悶乱(もんらん)して地(じ)に宛転(えんでん)す。是の時に其の父(ちち)還(かえ)り来(きた)って家(いえ)に帰(かえ)りぬ。