如来滅後五五百歳始観心本尊抄

問うて曰く、上(かみ)の大難、いまだその会通(えつう)を聞かず、如何。

答えて曰く、無量義経に云く「いまだ六波羅蜜を修行することを得ずといえども、六波羅蜜自然(じねん)に在前す」等云云。

法華経に云く「具足の道(どう)を聞かんと欲す」等云云。

涅槃経に云く「薩(さつ)とは具足に名く」等云云。

竜樹菩薩の云く「薩とは六なり」等云云。

無依(むえ)無得大乗四論(しろん)玄義記に云く「沙(しや)とは訳して六と云う。胡(こ)法には六を以て具足の義となすなり」。

吉蔵(きちぞう)の疏(しよ)に云く「沙とは翻じて具足となす」。

天台大師の云く「薩とは梵語なり、ここには妙と翻ず」等云云。

私(わたくし)に会通を加えば本文を黷(けが)すがごとし。

しかりといえども、文(もん)の心は、釈尊の因行(いんぎよう)・果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す。我等この五字を受持すれば、自然に彼(か)の因果の功徳を譲り与えたもう。