今末法の初、小を以て大を打ち、権(ごん)を以て実を破し、東西共にこれを失し、天地顛倒(てんどう)せり。迹化の四依は、隠れて現前せず、諸天はその国を棄ててこれを守護せず。この時地涌の菩薩、始めて世に出現し、ただ妙法蓮華経の五字を以て幼稚に服せしむ。「因謗堕悪必因得益(いんぼうだあくひついんとくやく)」とはこれなり。
我弟子、これを惟(おも)え。地涌千界は、教主釈尊の初発心(しよほつしん)の弟子なり。寂滅道場にも来(きた)らず。双林の最後にも訪(とぶら)わず、不幸の失(とが)これあり。迹門十四品にも来(きた)らず、本門の六品には座を立ち、ただ八品の間に来還(らいげん)せり。かくのごとき高貴の大菩薩、三仏に約足してこれを受持す。末法の初に出でざるべきか。まさに知るべし、この四菩薩、折伏を現ずる時は、賢王と成って愚王を誡責(かいしやく)し、摂受(しようじゆ)を行ずる時は、僧と成って正法を弘持(ぐじ)す。