夫れ智者の弘法(ぐほう)三十年。廿九年の間は玄(げん)・文(もん)等の諸義を説いて、五時八教(ごじはっきょう)・百界千如(ひゃっかいせんにょ)を明かし、前(さき)五百余年の間の諸非を責め、並に天竺(てんじく)の論師(ろんじ)のいまだ述べざるを顕(あら)わす。
章安(しょうあん)大師云く「天竺の大論(だいろん)、なおその類(たぐい)にあらず、震旦(しんたん)の人師(にんし)、何ぞ労(わずらわ)しく語るに及ばん。これ誇耀(こよう)にあらず、法相(ほっそう)のしかるのみ」等云云。
墓(はか)ないかな、天台の末学等、華厳・真言の元祖の盗人に一念三千の重宝を盗み取られて、還(かえ)つて彼等が門家(もんけ)と成りぬ。章安大師兼ねて、この事を知つて歎いて言(いわ)く「この言もし墜(お)ちなば、将来悲むべし」云云。