安楽行品第十四

諸仏世尊に於て無上の父の想を生じ、憍慢(きょうまん)の心を破(は)して法を説くに障礙(しょうげ)なからしめよ。第三の法、是のごとし。智者、守護すべし。一心に安楽に行ぜば、無量の衆に敬(うやま)われん。

又、文殊師利、菩薩摩訶薩、後の末世の法滅せんと欲せん時に於て法華経を受持することあらん者は、在家(ざいけ)・出家(しゅっけ)の人の中に於て大慈の心を生じ、菩薩に非(あらざ)る人の中に於て大悲の心を生じて、是の念を作すべし、是の如きの人は則ち為(こ)れ大(おおい)に如来の方便隨宜(ほうべんずいぎ)の説法を失(うしな)えり。

聞かず、知らず、覚らず、問わず、信ぜず、解せず。其の人、是の経を問わず信ぜず解せずと雖(いえど)も、我、阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)を得ん時、隨って何(いず)れの地に在っても、神通力・智慧力を以て、之を引いて是の法の中に住することを得せしめん。

文殊師利、是の菩薩摩訶薩、如来の滅後に於て此の第四の法を成就することあらん者は、是の法を説かん時、過失有ることなけん。常に比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷・国王・王子・大臣・人民・婆羅門・居士等に供養・恭敬・尊重・讃歎せらるることを為(え)ん。