此の経は為れ尊、衆経の中の上なり。我、常に守護して妄りに開示せず。今、正しく是れ時なり。汝等が為に説く。我が滅度の後に仏道を求めん者、安穏にして斯の経を演説することを得んと欲せば、応当(まさ)に是の如き四法に親近すべし。
是の経を読まん者は、常に憂悩(うのう)なく、又、病痛(びょうつう)なく、顔色(げんしき)鮮白(せんびゃく)ならん。貧窮(びんぐう)・卑賎(ひせん)・醜陋(しゅうる)に生(うま)れじ。衆生、見んと楽(ねが)うこと、賢聖を慕(した)うが如くならん。天の諸の童子以て給使(きゅうし)を為(な)さん。刀杖(とうじょう)も加えず、毒も害すること能わじ。
若し人、悪(にく)み罵(ののし)らば、口(くち)則ち閉塞(へいそく)せん。遊行(ゆぎょう)するに畏(おそ)れなきこと、師子王(ししおう)の如く、智慧の光明、日の照すが如くならん。
若し夢(ゆめ)の中に於ても但(ただ)妙(たえ)なる事を見ん。諸の如来の師子座(ししざ)に坐(ざ)して、諸の比丘衆に囲繞(いにょう)せられて説法したもうを見ん。又、龍神・阿修羅等、数(かず)恒沙(ごうじゃ)の如くにして恭敬合掌し、自(みずか)ら其の身を見るに而も為に法を説くと見ん。