是(かく)の如(ごと)き人等(ひとら)、或時(あるとき)に来(きた)らば、則(すなわ)ち為(ため)に法(ほう)を説いて悕望(けもう)する所なかれ。
又、声聞(しょうもん)を求(もと)むる比丘(びく)・比丘尼(びくに)・優婆塞(うばそく)・優婆夷(うばい)に親近せざれ、亦、問訊(もんじん)せざれ。
若しは房中(ぼうちゅう)に於ても、若しは経行(きょうぎょう)の処(ところ)、若しは講堂(こうどう)の中(なか)に在(あ)っても、共(とも)に住止(じゅうし)せざれ。
或時に来らば宜(よろ)しきに隨(したが)って法を説いて悕求(けぐ)する所なかれ。
文殊師利、又、菩薩摩訶薩、女人(にょにん)の身(み)に於て能く欲想(よくそう)を生(しょう)ずる相(そう)を取(と)って為に法を説くべからず、亦、見(み)んと楽(ねが)わざれ。
若し佗(た)の家(いえ)に入(い)らんには、小女(しょうにょ)・処女(しょじょ)・寡女等(かにょとう)と共(とも)に語(かた)らざれ。