或いは菩薩の肴膳飲食(きょうぜんおんじき)・百種の湯薬(とうやく)を仏及び僧に施し、名衣上服(みょうえじょうぶつ)の価直千万(けじきせんまん)なる、或いは無価(むげ)の衣を仏及び僧に施し、千万億種の栴檀(せんだん)の宝舎(ほうしゃ)、衆(もろもろ)の妙(たえ)なる臥具(がく)を仏及び僧に施し、清浄の園林(おんりん)、華果(けか)、茂(しげ)く盛んなると流泉浴池(るせんよくち)とを仏及び僧に施し、是(かく)の如き等(ら)の施の種々微妙(みみょう)なるを歓喜し猒(あ)くこと無くして無上道を求むるを見る。
或いは菩薩の寂滅(じゃくめつ)の法を説いて種々に無数の衆生を教詔(きょうしょう)するあり。或いは菩薩の諸法の性は二相有ること無く、猶(な)お虚空の如しと観ずるを見る。 又、仏子の心に所著(しょじゃく)無くして、此の妙慧を以て無上道を求むるを見る。
文殊師利、又菩薩の仏の滅度の後、舎利を供養するあり。又、仏子の諸の塔廟(とうびょう)を造ること、無数恒沙にして国界を厳飾(ごんじき)し宝塔高妙(ほうとうこうみょう)にして五千由旬(ごせんゆじゅん)、縦広正等(じゅうこうしょうとう)にして二千由旬、一々の塔廟に各千の幢旛(どうばん)あり、珠(たま)を以て交露(こうろ)せる幔(まん)あって宝鈴和鳴(ほうりょうわみょう)して諸の天・龍神、人及び非人、香・華・伎楽(ぎがく)を常に以て供養するを見る。
文殊師利、諸の仏子等、舎利を供せんが為に塔廟を厳飾して国界自然に殊特妙好(しゅどくみょうこう)なること、天の樹王(じゅおう)の其の華、開敷(かいふ)せるが如し。
仏一の光を放ちたもうに、我及び衆会、此の国界の種々に殊妙なるを見る。諸仏は神力・智慧希有なり。一の浄光を放って無量の国を照したもう。我等、此れを見て未曽有なることを得ん。
仏子文殊、願わくは衆の疑いを決したまえ。四衆欣仰(ししゅごんこう)して仁(きみ)及び我を瞻(み)る。世尊、何が故ぞ斯の光明を放ちたもう。仏子、時に答えて疑いを決して喜ばしめたまえ。何の饒益(にょうやく)する所あってか斯の光明を演(の)べたもう。仏、道場に坐して得たまえる所の妙法、為(さだ)めて此れを説かんとや欲す。為めて当に授記したもうべしや。諸の仏土の衆宝厳浄(しゅほうごんじょう)なるを示し、及び諸仏を見たてまつること、此れ小縁に非じ。文殊、当に知るべし。四衆龍神、仁者(にんじゃ)を瞻察(せんざつ)す。為めて何等をか説きたまわん。